2012年05月20日
2012年05月18日
知念ウシ×川越弘
知念ウシ×川越弘の対談を見に行った。
川越弘さんというキリスト教の牧師さんが2010年8月に婦人新報に書いた「沖縄に赴任して、沖縄で考える」という文章をなんかのシンポジウムでウシさんが批判したのをきっかけに実現した対談だそう。
キリスト教に関しては、私は好きな方ではないけれど、「まーどーでもいいです」という態度だった。絶滅の危機にある少数言語の多くがキリスト教者たちの植民によって弾圧され奪われてきた歴史を考えると噛み付きたい気もするし、沖縄人の土地を奪い誰かを殺すための基地にしている人たちのほとんどがキリスト教者であることを考えるとめーごーさー喰らわしたくもなるけど、でも、なんか宗教が絡むと面倒くさそうだし、クリスチャンのお友達たくさんいるし、いい人いっぱいいるし、「まー、機が熟せば、いつかはキリスト教者が自らの加害性に向き合ってそのことについて言及する日がくるだろうからその時を待ってようっと」と思っていた。
ウシさんが批判したという文章には「ヤマトから差別を受けていいる沖縄の人たちが、ヤマトの牧師の説教に心を開いて聞くという事はなかなか困難ですが、そうであっても、負い目と謝罪を伴った伝導を担って和解していく課題が、私たちヤマトにあると思ったからです」と書いてある、「なんだか真剣に沖縄と向き合ってる人なのかもなー」と思ってワクワク読み進めた。
でも、読んでいくと今度は沖縄の信仰を指して「しかしこの祖先崇拝は、内向き思考になってしまうために、ヤマトからの差別を克服する闘いや基地反対の根強い闘いをするには、かなり厳しいと思います」と言い切っている。What!?なんだそれ。ヤマト世に耐え、沖縄戦を生き抜き、アメリカ世を終わらせ、またヤマト世が来てもそれでも闘い続けてるうちなーんちゅが沢山沢山いることを知らないのだろうか。土地と繋がりうやふぁーふじと語りながら強く生きているうちなーんちゅがここに沢山沢山いるのに、それは無視しちゃうのだろうか。文章の中で「沖縄人」という言葉を使い、アイデンティティにまで言及しておいてその精神構造と信仰を否定するなんて酷いなと思った。でもこの文章を書いてから沖縄生活が始まったというので、きっとこの地に来て考えを改めたのだろうなと期待していたら「この考えについては変わっていない」と頑だったのでまたまた驚いた!うーん、意地になってませんか?
沖縄の信仰について何を知ってるのだという会場からの質問に対して川越さんは「沖縄国際大学の石原昌家先生も、彼の奥さんも沖縄の祖先崇拝は信じないしそういうところにも行かないと言っていた。」と返した。おー、石原昌家とは!これはこれは!私が今とってもクエスチョンしたいDAYS JAPANの沖縄・希望21にも通じる事だけど、なんか最近沖縄人に反論させないように、もしくは沖縄の雑魚キャラからの防衛のために、沖縄の有名人を矢面に立たせてネオ植民をする日本人が多い気がする。ちなみに川越さんは発言するや否や会場から「えー、だって石原先生の奥さんナイチャーだし!」と突っ込まれていた。
私はちょっと耐えられなくなってコメントした。「キリスト教の目的は全てのうちなーんちゅを改宗させることですか?私は沖縄生まれのうちなーんちゅで産まれてからずっと先祖崇拝でやって来て、平和運動もやっていますけど別に憔悴しきってもいないし内向きになっているわけでもないです。日本人の牧師が沖縄の信仰を指してそういう風に評価して発信していると知って正直ショックです」。なんだかフトゥフトゥして上手く言えなかったので、発言した後少し落ち込んだ。
ウシさんは他にも、「薩摩侵攻からの人権侵害が400年間にわたって蓄積されているとすれば、その闘いにはそれと同じ様な、いやそれ以上に長い闘いの期間が必要とされるでしょう」というフレーズに対して、「一日も早い普天間基地の閉鎖を!と叫んでいる沖縄人の横であと400年かかると言えてしまえる事が差別なんだと感じる」と指摘、それからアメリカと日本を裁いて罪の悔い改めさせ新しく建て直す役割が沖縄にあると思うという意見に対しては、「沖縄の役割は沖縄が決める、沖縄の役割を決め自己決定権を行使させないのが植民地主義だ」と反論していた。なるほどーそうだよなーと思った。
会場の人たちも言っていたけど、沖縄の祖先崇拝はキリスト教と対立する様な信仰として目の敵にすべき存在じゃないし、うちなーんちゅのクリスチャンたちは結構しーみーも、うんけーもやっていて、そうやって真面目に自らの土地に対する責任を取りながら、自分の選んだクリスチャニティを大事にして、真剣に生きてる人も沢山いる。石原先生が味方についたから何でも言っていいという感じじゃなくて、川越さんにはぜひぜひこれから自分のイメージの沖縄じゃなくて、本当の沖縄と向き合って欲しいなと思いました。
川越弘さんというキリスト教の牧師さんが2010年8月に婦人新報に書いた「沖縄に赴任して、沖縄で考える」という文章をなんかのシンポジウムでウシさんが批判したのをきっかけに実現した対談だそう。
キリスト教に関しては、私は好きな方ではないけれど、「まーどーでもいいです」という態度だった。絶滅の危機にある少数言語の多くがキリスト教者たちの植民によって弾圧され奪われてきた歴史を考えると噛み付きたい気もするし、沖縄人の土地を奪い誰かを殺すための基地にしている人たちのほとんどがキリスト教者であることを考えるとめーごーさー喰らわしたくもなるけど、でも、なんか宗教が絡むと面倒くさそうだし、クリスチャンのお友達たくさんいるし、いい人いっぱいいるし、「まー、機が熟せば、いつかはキリスト教者が自らの加害性に向き合ってそのことについて言及する日がくるだろうからその時を待ってようっと」と思っていた。
ウシさんが批判したという文章には「ヤマトから差別を受けていいる沖縄の人たちが、ヤマトの牧師の説教に心を開いて聞くという事はなかなか困難ですが、そうであっても、負い目と謝罪を伴った伝導を担って和解していく課題が、私たちヤマトにあると思ったからです」と書いてある、「なんだか真剣に沖縄と向き合ってる人なのかもなー」と思ってワクワク読み進めた。
でも、読んでいくと今度は沖縄の信仰を指して「しかしこの祖先崇拝は、内向き思考になってしまうために、ヤマトからの差別を克服する闘いや基地反対の根強い闘いをするには、かなり厳しいと思います」と言い切っている。What!?なんだそれ。ヤマト世に耐え、沖縄戦を生き抜き、アメリカ世を終わらせ、またヤマト世が来てもそれでも闘い続けてるうちなーんちゅが沢山沢山いることを知らないのだろうか。土地と繋がりうやふぁーふじと語りながら強く生きているうちなーんちゅがここに沢山沢山いるのに、それは無視しちゃうのだろうか。文章の中で「沖縄人」という言葉を使い、アイデンティティにまで言及しておいてその精神構造と信仰を否定するなんて酷いなと思った。でもこの文章を書いてから沖縄生活が始まったというので、きっとこの地に来て考えを改めたのだろうなと期待していたら「この考えについては変わっていない」と頑だったのでまたまた驚いた!うーん、意地になってませんか?
沖縄の信仰について何を知ってるのだという会場からの質問に対して川越さんは「沖縄国際大学の石原昌家先生も、彼の奥さんも沖縄の祖先崇拝は信じないしそういうところにも行かないと言っていた。」と返した。おー、石原昌家とは!これはこれは!私が今とってもクエスチョンしたいDAYS JAPANの沖縄・希望21にも通じる事だけど、なんか最近沖縄人に反論させないように、もしくは沖縄の雑魚キャラからの防衛のために、沖縄の有名人を矢面に立たせてネオ植民をする日本人が多い気がする。ちなみに川越さんは発言するや否や会場から「えー、だって石原先生の奥さんナイチャーだし!」と突っ込まれていた。
私はちょっと耐えられなくなってコメントした。「キリスト教の目的は全てのうちなーんちゅを改宗させることですか?私は沖縄生まれのうちなーんちゅで産まれてからずっと先祖崇拝でやって来て、平和運動もやっていますけど別に憔悴しきってもいないし内向きになっているわけでもないです。日本人の牧師が沖縄の信仰を指してそういう風に評価して発信していると知って正直ショックです」。なんだかフトゥフトゥして上手く言えなかったので、発言した後少し落ち込んだ。
ウシさんは他にも、「薩摩侵攻からの人権侵害が400年間にわたって蓄積されているとすれば、その闘いにはそれと同じ様な、いやそれ以上に長い闘いの期間が必要とされるでしょう」というフレーズに対して、「一日も早い普天間基地の閉鎖を!と叫んでいる沖縄人の横であと400年かかると言えてしまえる事が差別なんだと感じる」と指摘、それからアメリカと日本を裁いて罪の悔い改めさせ新しく建て直す役割が沖縄にあると思うという意見に対しては、「沖縄の役割は沖縄が決める、沖縄の役割を決め自己決定権を行使させないのが植民地主義だ」と反論していた。なるほどーそうだよなーと思った。
会場の人たちも言っていたけど、沖縄の祖先崇拝はキリスト教と対立する様な信仰として目の敵にすべき存在じゃないし、うちなーんちゅのクリスチャンたちは結構しーみーも、うんけーもやっていて、そうやって真面目に自らの土地に対する責任を取りながら、自分の選んだクリスチャニティを大事にして、真剣に生きてる人も沢山いる。石原先生が味方についたから何でも言っていいという感じじゃなくて、川越さんにはぜひぜひこれから自分のイメージの沖縄じゃなくて、本当の沖縄と向き合って欲しいなと思いました。
2012年04月27日
「復帰」、ぬーやるばーがー?

「復帰」、ぬーやるばーがー?
2012年5月13日2pm@沖縄国際大学!
1972年の「復帰」から今年で40年、沖縄にとって「復帰」とはなんであったのか。当時の様子と今振り返る「復帰」の意味、「復帰」後世代の分析する沖縄・植民地の現状、先住民族の権利から考える「復帰」、同じく帝国に組み込まれたグアムとの比較と関係など、「復帰」を多角的に検証し脱植民地化に向けた議論を展開する。まじゅん語やびら!
2012年04月11日
DON'T PANIC, ORGANIZE!

私たちがやってるのはコレなんだ。
集まる事が力になる、強いリーダーは要らない、力を合わせること、
それぞれが役割を持つ事、そして殺さないこと、非暴力、命どぅ宝!
Posted by shinakosan at
09:59
│Comments(2)
2012年04月06日
DAYS JAPAN 広河隆一 様

DAYS JAPAN 広河 隆一 様
私が生まれる前、沖縄は併合され戦に巻き込まれ、アメリカに差し出され、日本に返されたそうです。私の国籍は日本だけれども、ここには日本と呼べるものはほとんどありません。今でも私のファミリーの土地を含む沢山の沖縄人の土地が米軍基地と自衛隊基地にとられています。それでも沖縄は、未曾有の大震災に苦しむ日本人を救うべく様々な支援策を打ち出し実行してきているし、これからも続けるでしょう。
しかし、日本人はそれでは飽き足らないのですか?あなたは沖縄の土地を奪い保養地を作り毎月100人単位で子どもたちを受け入れる支援をしろと沖縄に迫っています。呼びかけのチラシには「なんでも沖縄に押し付けると思われないように注意すること」と書かれていました。これを主導しているのがパレスチナ問題にも詳しいはずのあなたです。
沖縄の離島ではすでに島人より日本人移住者の人口が多くなる現象が起こっています。コミュニティが破壊され日本化が進み島人は仕事を、土地を、祭りを奪われ困惑しています。被抑圧者が自らの土地でマイノリティになっています。「善意」の名の下なら何をやっても良いのですか?それなら、PAC3だって汚染ガレキだって名目は「国民を守る」や「東北の支援」なのです。「東北のためと言われると断れない」それが久米島の本音なのではないですか。久米島は「沖縄・希望」計画に賛同しながらガレキ受け入れにも手を挙げていました、そのことについてどうお考えですか?
今日(2012年4月6日)の琉球新報には米軍機の爆音がいかなるものかを測定するため小学校の教室内に測定器を設置するとあります。戦後65年以上がたっても沖縄はこのレベルです。空からは爆音が降り注ぎ、時には戦闘機が降ってきます。私はそんな環境で育ちました、息子をこんな環境で育てています。あなたは沖縄に保養地を作り「青い海、青い空の美しい沖縄で心と体を癒してください」と言って被災者を連れて来ようと躍起になっていますが、沖縄にどういう現状があるのかも認識しないまま、沖縄は安全だと思い込みのびのびと遊ぶ子どもたちの頭上にもしも米軍のヘリが落ちてきたら、PAC3のかけらが降ってきたらあなたはどうするのですか?
本当に本当に被災者の事を考えているのなら、放射能に曝された子どもたちのことを考えるなら、同時に沖縄人の事を考えるのならば「沖縄問題」のような日本から受ける差別問題に苦しみ、米軍基地や自衛隊基地から派生する物理的な問題に直面している沖縄に拠点を作るのではなく、同じく青い空青い海をPRしている宮崎県などに保養地を作った方が良いのではないですか。日本人同士本当に安心できる形を模索し助け合う事から始めるべきなのではないですか?
あなたはパレスチナを取材した一流の記者だと聞いていますが、あなたはパレスチナの何を問題だと感じてシャッターを押してきたのですか?あなたはすでにご自身の娘を沖縄に送り込み、沖縄の住民ではなく権威のある人たちに約束を取り付け、自らの名声とネットワークで沖縄に保養地を作る事を高らかに宣言してしまっています。しかしチラシを読む限り、あなたが月5万円でDAYS JAPANの沖縄支部を作る以外の具体的なプランが見えません、軍事化され、自分たちの子どもさえ守れるか分からない私たちの土地に被災地の子どもを連れてきてどうやって安全を確保するのか分かりません。さらには日本人のさらなる沖縄入植を認めることで発生する沢山の苦しみが目に浮かぶのです。
沖縄をどう使うか、沖縄がどう支援するかは、沖縄人に決めさせてください。私は「沖縄・希望」プランに反対します。どうか、プランを取り下げてください。
親川 志奈子




