2007年05月31日
中欧3カ国4都市ツアー2007
「shinakosan僕らの旅に同行しませんか。」
私の弟や妹位の年頃の若い学生さん達に誘われて嬉しくなった私の指は次の瞬間ライアンのチケット購入のボタンをクリックしてた。何処に行くのか何をするのかも尋ねないまま、とりあえず飛行機に乗っちゃった感じ、ポーランドに引き続き二度目の中欧、3カ国4都市の旅がスタート。
→→→ブラチスラバ(スロバキア)

空港だけ使ってスルーする予定だったスロバキア、「せっかくだからお茶でもしましょう」と誘ったのが悪かった。ウィーン行きのコーチを逃してしまい、その埋め合わせをしようと早とちりで飛び乗ったバスはウィーンではなくブラチスラバ市内に向かうものだった、言葉もできず現地通貨も持っていない私達を強面のバスのおじさんがしょうがないなーという感じでタダ乗りさせてくれた。市内に降ろしてもらったもののバスターミナルがどこだか分からない。信号待ちのおじさんに道を聞くとどんどん人が集まってきて皆でスロバキア語とか英語とかジェスチャーとかで道案内をしてくれた。キャッシュがない私達は大荷物を抱え歩いてバスターミナルを目指した。30度を超える気温とじめじめした湿気が、からっと涼しい英国の春に甘やかされた私の肌にまとわりつき、私はほぼ一年ぶりに「暑ーい」という単語を発し幸な気分になった。大通りを歩くとすれ違う人も車もまるで宇宙人でも見るかのように視線を投げてくれる、人種の入り混じる居心地良いロンドンでは味わえないストレンジャー気分を味わうのもなかなか良いので、いちいちスマイルを返したりした。歩けど歩けどターミナルにたどり着けないのでスロバキア美人に道を聞くと「そこまで一緒に歩きましょう」と乗り場まで連れて行ってくれた。私は沖縄に来る観光客の方達にこんなに優しくしてるかしら?と振り返り今日からは『ツアリストフレンドリーshinakosan』になることに決めた。おじさん達やスロバキア美人のおかげで私のスロバキアの印象はかなり良いものになり、いつかスロバキアをじっくり廻る旅をしようと思った。空港から出るバスよりも2ユーロほど安いコーチのチケットを買い、スロバキア人の暖かさに触れ、バスからはドナウ川越しにブラチスラバ城も見れて、思いがけないナイスな回り道だった。
→→→ウィーン(オーストリア)

音楽の都ウィーン。こういうところはもっと大人になってから来るのだと思っていたけど思いがけず足を運べることになった。世の中タイミングだ、時の流れに身を任せ『来るもの拒まず去るもの追わず』の精神でいこう。地下鉄に乗り込みホステルに向かった。手動開閉式のドアには独語と英語で「鋭く引け」と書いてあった。手首を使ってシャープにガチャンとやらないとドアは開かない、なかなかコツがつかめず一人前にドアが開けれるようになるまでに数回かかった。ユースホステルに着くと「今日は空いているから」とプライベートルームに泊まらせてもらえることになった。ラッキー。郊外にある空気の綺麗な『糸満青年の家』みたいなホステルに荷物を下ろし、街に戻りぶらぶらしてモザイクの屋根が可愛らしいシュテファン教会やオペラ座を見た後、この夜最大のイベントに参加する為、マリアテレジアの愛した黄色のバロック様式のシェーンブルン宮殿の庭園へ。なんでもあのウィーンフィルが年に一度無料の野外コンサートを行っているらしくまさにこの日がそうだった。去年は8万人が参加したというビックイベント(今年は何人いたのかな?)。素人の私でも分るような一般向けの『くるみ割り人形』『白鳥の湖』『春の祭典』という演目が嬉しい。星空の下、地べたに体育座りしパンを齧りながらクラシック音楽とバレエを楽しむ、なんて贅沢な夜だ。ちなみにオーストリアの大統領もクリントン元米大統領も来ていた。翌日は朝一でベルヴェール宮殿に行きクリムトの『接吻』を鑑賞した後ブダペスト行きの列車に駆け込み乗車した。冷房の入っていない車両で、車内販売の冷え冷えのビールで喉を潤しスーパーで買ったパンやハムやチーズやピクルスを食べながら「チャララランララーラランラーラ♪」と『世界の車窓から』のテーマ曲を歌いトランプもしちゃったりなんかして青春の清らかさで電車の旅を満喫した。
→→→ブダペスト(ハンガリー)
ブダペストの東駅に着いてすぐ、なんか妙にピンと来てこの街のことが好きになる予感に襲われた。一歩一歩を踏みしめる度予感が確信に変わり百歩目くらいからはスキップしてもいいくらいに胸が高鳴り同時に何故か懐かしい気がしてる私がいて面白かった。目抜き通りに面したホステルに荷物を置いて散歩に出た。西駅にある世界一高級なマクドナルドを覗いた後(マックのくせにシャンデリアがあった)、ドナウ川を挟んだブダとペストでいうとペスト側の土手を歩いてくさり橋まで出た。ネオゴシックの国会議事堂の美しいこと!これを見て「大きくなったらこの建物の中で働きたい」という動機で国会議員を志す子どもが沢山もいいと思うくらい素晴らしかった。議事堂前には真ん中のくり抜かれた国旗(社会主義との決別を表すそう)が立っていて、対岸には王宮や漁夫の砦が堂々そびえている。地下鉄で市民公園まで向かおうと階段を下りると、もう何と言って良いか分かんないくらいキュートな地下鉄のホームと車両が出迎えてくれた。ロンドンに続いて世界に二番目に古い地下鉄は世界遺産に登録されているそうで、遊園地みたいなレトロで可愛いサブウェイに乗り込み市民公園へ。温泉に入ろうと思ったけれどお腹が空いて仕方がなかったのでカフェを探しに南西に向かった。どうして探してない時には沢山あって探し出すと見つけられないのだろう、値段・味・雰囲気・メニュー、全てに合格する場所を探すのにかなり手間取った後、地元の人でごった返すスープ屋さんを発見。メニューは読めないし後ろは詰まってるしで焦ったけれど指差しで緑色したスープを頼むとフェンネル(ウイキョウ)のポタージュだった。琉球語では『いーちょーばー』。じゅーしー(沖縄風炊き込みご飯)や沖縄てんぷらに入れるいーちょーばーをポタージュスープに混ぜて食べるというのはとても面白いアイディアでだ。満腹になってホステルに戻りお昼寝した後、大好きなトカイワインを飲むべく街に繰り出した。世界三大貴腐ワインの一つですごく香りが高く、濃厚であまーいトカイワインをレストランのテラス席でピアノの生演奏を聞きながら心行くまで楽しんで一人1000円ちょい、ブダペストさんありがとう。

太陽の光で目を覚ましたのにまだ朝の6時、日本の夏だと11時くらいの明るさだ。ベランダで朝食を済ませてオーブダへ。汗をかきながら『世界不思議発見』が絶対クイズを出す前のショットに選ぶようなミステリアスで古めかしい坂を上ると突然目の前が開けてマーチャーシュ教会が現れた。こちらもモザイクの屋根が可愛らしい。そして、右手にはブダペストの絶景!美しすぎて力が抜けた。きらきら輝く川面と『ドナウの真珠』と呼ばれ世界遺産に登録されている街並みを一望できる砦の一角のカフェでハンガリー産の薬草のスピリッツをちびちびやりながら(一応午前中)しばしブダペストの街を眺め、その後王宮サイドに出てそこいらを散歩してペストに戻り、私のこの旅の最大の目的地セーチェニ温泉へ。セーチェニ温泉は湯船につかることの少ないロンドン暮らしでぱさついた私の体と吉田集而の『風呂とエクスタシー―入浴の文化人類学』を読んで以来世界のお風呂に興味津々の私の知的好奇心を満たしてくれた。アジア人がいないのでここでも珍しそうにジロジロ見られ、「ハハハ、どうだ見てみろ私がエイジアンだ」と大腕を振って歩きたいところだったけど一年間ほったらかしで締りのない腹筋なのでタオルで隠しながらコソコソ歩いて余計に目立ったりした。室内には様々な温度の温泉とサウナがあり、日本の温泉みたいに必ずしも熱くなのと天井が高いのとで湯気がこもらず快適だった。装飾された天井を眺めながら入る温めの薬草温泉がたまらない。野外では太陽の光を存分に浴び肌を日に焼きながら暖かい温水に浸かるという初めての感覚が最高だった。数時間遊んだ後は着替えて急ぎ足でオペラ座へ、400円でチケットが買えたのでロンドンでも見た『スペードの女王』を鑑賞することに。チャイコフスキーだから歌はロシア語で字幕はハンガリー語。場面展開に付いていくのが難しかったけれど、なんとか4時間半の超大作を見切った。ヒーローヒロインの顔は好みじゃなかったけど声とオペラ座内の装飾が私好みだったので幸せだった。ホステルに昼間買って冷やしておいたトカイワインとシャンパンを取りに戻り、オーブダが一望できる川沿いにピクニック(ピクニックって夜にも使える?もーあしびーの方がいい?)に出かけた。『ドナウの薔薇』とも形容される王宮サイドの夜景はこれまで見たどの夜景よりも繊細で綺麗だった。一人800円でこんなに贅沢なピクニックができるなんてハッピーハッピーだ。
→→→ザルツブルク(オーストリア)

早起きしてバスに乗り込み一旦ウィーンに帰って電車までの時間ホテルザッハーでザッハトルテを食べ(あぁ思い出すだけで涎が)、『世界の車窓からパート2』をした。今度の車両はとりあえず窓を開けることができたので涼しい風を受け段々見えてくるアルプスの山々に喚起の声を上げながら約3時間でサウンドオブミュージックの、モーツアルトの、そして三都主と恒様のザルツブルクに到着。涼しく空気の綺麗な駅に着くとオリンピック2014キャンディデイトの垂れ幕があった。私の手違いでザルツブルクではホステルを押さえられなかったのでホテルに泊まることになっていて、バスを乗り継ぎ3つ星のホテルにつくとラブリーなロッジに通された。マウンテンビューの素敵なお部屋の、二段ベッドじゃないベッドと広いバスルームのバスタブとキュートな花柄の壁紙に一同大興奮。市街地に繰り出す頃、何故だか話が噛み合わないことに気づいて旅仲間に質問してみると、これまた何故だか分からないけど私だけ翌日朝一のフライトで帰るチケットを買っていた事が発覚(笑)。一日しかないので「終電まで歩きまくわよ」と張り切って、まずはやっぱりホーエンザルツブルク城を目指すことに。ケーブルカーを使わず民家の脇を通りどんどん斜面を登って行った。高台からはオキナワンの私が滅多に目にすることのない雪をかぶった壮大な山々とこれまた世界遺産の美しい街並み。コンサートに繰り出す地元の人たちが民族衣装に身を包んでるのも乙だったし、ザルツブルクのビールも乙だったし、難攻不落の城壁の中のキュートで田舎っぽい生活感も乙だった。ウィーンの様なポッシュ感はないけど、上品で清楚で優雅で『余裕』を感じさせる落ち着いた街並みを私は随分気に入り、今度はザルツブルク大学(宮殿みたいな建物だった)に留学しようかなと思った。今度は川の向こう側に行きサウンドオブミュージックでマリアのいた修道院やモーツアルトの生家などを見て回わり『ドレミの歌』で有名なミラベル庭園ではちびっ子をナンパして一緒に感動のラストシーンを再現。暗くなってきたのでカフェのテラスに座りビールを飲んだ後スパークリングワインで最後の夜を楽しんだ。夜風が優しく髪を撫でるのでことさら名残惜しい気分になった。ホテルに帰りゆったりバスタブに浸かり旅の疲れを癒しザルツブルクの一日に幕を下ろした。
→→→ロンドン(イギリス)

朝食前に少し散歩をしようと思い立ち一人部屋を出た。小川を辿って歩いていくと住宅地に入った、朝っぱらから知らないエイジアンが家の前をうろついてたら驚くだろうなぁと思ったので『だらだら歩きの不審者』から『爽やかな朝のジョガー』にイメチェンした。同じスペース同じ屋根の高さなのに一つ一つの家の造りが相当違っていて楽しい。もう少し行くと本当のジョギングコースがあったのでスピードアップし山を見ながら随分遠くまで走った。朝食の時間になったので急いで戻るとレストランでは朝練を終えてサッカーの試合に向かうというドイツの中学生集団と一緒になった。ドイツ語が出来ないので挨拶だけして黙々ご飯を食べようと思ったら「何で走ってた?そんなにお腹が空いてるのか?」「コーヒーに砂糖が欲しいか?」「スシと友達か(多分高原のこと)?」「彼氏いる?」「俺とアイツとどっちの髪がいけてる?」と質問攻めにあい、ほとんど言葉が通じてないのに大爆笑しながらブレックファーストを食べた。母校の剣道部を引率して全国大会に行ったりしてた頃を思い出しついついはしゃいでしまった。部屋に戻り、私をこんなにも素晴らしい旅に連れ出してくれた素敵な素敵な仲間達に別れを告げ、一時間遅れのライアンエアに乗りロンドンへ帰ってきた。英語の文字にホッとし、ブリティッシュアクセントの入国審査官と冗談を交わし、荷物受け取り所で大学の友人にバッタリ会い、市内までのコーチに知り合いが乗ってきたりしてなんだかすっかりロンドンが私のホームになってることを実感。曇り空で肌寒いイギリスに戻っただけでこんなに「ただいま」という気分になるのだから7月に日本に、そして沖縄に帰ったらどうなるんだろう?
それにしても良い旅だった。やっぱり私は旅が好きだ、若いうちは『百聞は一見にしかず』をテーマに旅をしようと思っている。高級なものを味わう土台はまだないのでバックパッカーに毛が生えたくらいの格安ツアーでいい。航空券だけ握り締め足が棒になるくらいまで歩いて歩いて歩きまくろう。世界には色んな人がいて、色んな言葉で話し、色んなお酒を飲み、色んなのを食べ、色んな事を考えてる、だけどやっぱ所詮みーんなただの人間なんだというのを感じたい。一度でも足を運んだ国のニュースはもう『外国のニュースだって、ふーん』ではなく『行ったことある国のニュースだ!詳しく見てみよう』になる、同様に外国人の友達を作ると『外国のニュースだって、ふーん』ではなく『友達の国のニュースだ!詳しく見てみよう』になる、そうやって世界と繋がっていくことが私にとっては大事なことだったりする。グローバリゼーションは嫌いだけど、グローバルにものを見れる人間にはなりたいと思う。そんでもって大きくなったらグローバルに思考できるようになった脳で自分の生まれ落ちた小さな島のことを分析したり少しでも貢献できるように知恵を絞ったり出来る様な人になりたい。大きくなったらね、今はまだ修行中。
私の旅はまだまだ続く☆
私の弟や妹位の年頃の若い学生さん達に誘われて嬉しくなった私の指は次の瞬間ライアンのチケット購入のボタンをクリックしてた。何処に行くのか何をするのかも尋ねないまま、とりあえず飛行機に乗っちゃった感じ、ポーランドに引き続き二度目の中欧、3カ国4都市の旅がスタート。
→→→ブラチスラバ(スロバキア)

空港だけ使ってスルーする予定だったスロバキア、「せっかくだからお茶でもしましょう」と誘ったのが悪かった。ウィーン行きのコーチを逃してしまい、その埋め合わせをしようと早とちりで飛び乗ったバスはウィーンではなくブラチスラバ市内に向かうものだった、言葉もできず現地通貨も持っていない私達を強面のバスのおじさんがしょうがないなーという感じでタダ乗りさせてくれた。市内に降ろしてもらったもののバスターミナルがどこだか分からない。信号待ちのおじさんに道を聞くとどんどん人が集まってきて皆でスロバキア語とか英語とかジェスチャーとかで道案内をしてくれた。キャッシュがない私達は大荷物を抱え歩いてバスターミナルを目指した。30度を超える気温とじめじめした湿気が、からっと涼しい英国の春に甘やかされた私の肌にまとわりつき、私はほぼ一年ぶりに「暑ーい」という単語を発し幸な気分になった。大通りを歩くとすれ違う人も車もまるで宇宙人でも見るかのように視線を投げてくれる、人種の入り混じる居心地良いロンドンでは味わえないストレンジャー気分を味わうのもなかなか良いので、いちいちスマイルを返したりした。歩けど歩けどターミナルにたどり着けないのでスロバキア美人に道を聞くと「そこまで一緒に歩きましょう」と乗り場まで連れて行ってくれた。私は沖縄に来る観光客の方達にこんなに優しくしてるかしら?と振り返り今日からは『ツアリストフレンドリーshinakosan』になることに決めた。おじさん達やスロバキア美人のおかげで私のスロバキアの印象はかなり良いものになり、いつかスロバキアをじっくり廻る旅をしようと思った。空港から出るバスよりも2ユーロほど安いコーチのチケットを買い、スロバキア人の暖かさに触れ、バスからはドナウ川越しにブラチスラバ城も見れて、思いがけないナイスな回り道だった。
→→→ウィーン(オーストリア)

音楽の都ウィーン。こういうところはもっと大人になってから来るのだと思っていたけど思いがけず足を運べることになった。世の中タイミングだ、時の流れに身を任せ『来るもの拒まず去るもの追わず』の精神でいこう。地下鉄に乗り込みホステルに向かった。手動開閉式のドアには独語と英語で「鋭く引け」と書いてあった。手首を使ってシャープにガチャンとやらないとドアは開かない、なかなかコツがつかめず一人前にドアが開けれるようになるまでに数回かかった。ユースホステルに着くと「今日は空いているから」とプライベートルームに泊まらせてもらえることになった。ラッキー。郊外にある空気の綺麗な『糸満青年の家』みたいなホステルに荷物を下ろし、街に戻りぶらぶらしてモザイクの屋根が可愛らしいシュテファン教会やオペラ座を見た後、この夜最大のイベントに参加する為、マリアテレジアの愛した黄色のバロック様式のシェーンブルン宮殿の庭園へ。なんでもあのウィーンフィルが年に一度無料の野外コンサートを行っているらしくまさにこの日がそうだった。去年は8万人が参加したというビックイベント(今年は何人いたのかな?)。素人の私でも分るような一般向けの『くるみ割り人形』『白鳥の湖』『春の祭典』という演目が嬉しい。星空の下、地べたに体育座りしパンを齧りながらクラシック音楽とバレエを楽しむ、なんて贅沢な夜だ。ちなみにオーストリアの大統領もクリントン元米大統領も来ていた。翌日は朝一でベルヴェール宮殿に行きクリムトの『接吻』を鑑賞した後ブダペスト行きの列車に駆け込み乗車した。冷房の入っていない車両で、車内販売の冷え冷えのビールで喉を潤しスーパーで買ったパンやハムやチーズやピクルスを食べながら「チャララランララーラランラーラ♪」と『世界の車窓から』のテーマ曲を歌いトランプもしちゃったりなんかして青春の清らかさで電車の旅を満喫した。
→→→ブダペスト(ハンガリー)
ブダペストの東駅に着いてすぐ、なんか妙にピンと来てこの街のことが好きになる予感に襲われた。一歩一歩を踏みしめる度予感が確信に変わり百歩目くらいからはスキップしてもいいくらいに胸が高鳴り同時に何故か懐かしい気がしてる私がいて面白かった。目抜き通りに面したホステルに荷物を置いて散歩に出た。西駅にある世界一高級なマクドナルドを覗いた後(マックのくせにシャンデリアがあった)、ドナウ川を挟んだブダとペストでいうとペスト側の土手を歩いてくさり橋まで出た。ネオゴシックの国会議事堂の美しいこと!これを見て「大きくなったらこの建物の中で働きたい」という動機で国会議員を志す子どもが沢山もいいと思うくらい素晴らしかった。議事堂前には真ん中のくり抜かれた国旗(社会主義との決別を表すそう)が立っていて、対岸には王宮や漁夫の砦が堂々そびえている。地下鉄で市民公園まで向かおうと階段を下りると、もう何と言って良いか分かんないくらいキュートな地下鉄のホームと車両が出迎えてくれた。ロンドンに続いて世界に二番目に古い地下鉄は世界遺産に登録されているそうで、遊園地みたいなレトロで可愛いサブウェイに乗り込み市民公園へ。温泉に入ろうと思ったけれどお腹が空いて仕方がなかったのでカフェを探しに南西に向かった。どうして探してない時には沢山あって探し出すと見つけられないのだろう、値段・味・雰囲気・メニュー、全てに合格する場所を探すのにかなり手間取った後、地元の人でごった返すスープ屋さんを発見。メニューは読めないし後ろは詰まってるしで焦ったけれど指差しで緑色したスープを頼むとフェンネル(ウイキョウ)のポタージュだった。琉球語では『いーちょーばー』。じゅーしー(沖縄風炊き込みご飯)や沖縄てんぷらに入れるいーちょーばーをポタージュスープに混ぜて食べるというのはとても面白いアイディアでだ。満腹になってホステルに戻りお昼寝した後、大好きなトカイワインを飲むべく街に繰り出した。世界三大貴腐ワインの一つですごく香りが高く、濃厚であまーいトカイワインをレストランのテラス席でピアノの生演奏を聞きながら心行くまで楽しんで一人1000円ちょい、ブダペストさんありがとう。

太陽の光で目を覚ましたのにまだ朝の6時、日本の夏だと11時くらいの明るさだ。ベランダで朝食を済ませてオーブダへ。汗をかきながら『世界不思議発見』が絶対クイズを出す前のショットに選ぶようなミステリアスで古めかしい坂を上ると突然目の前が開けてマーチャーシュ教会が現れた。こちらもモザイクの屋根が可愛らしい。そして、右手にはブダペストの絶景!美しすぎて力が抜けた。きらきら輝く川面と『ドナウの真珠』と呼ばれ世界遺産に登録されている街並みを一望できる砦の一角のカフェでハンガリー産の薬草のスピリッツをちびちびやりながら(一応午前中)しばしブダペストの街を眺め、その後王宮サイドに出てそこいらを散歩してペストに戻り、私のこの旅の最大の目的地セーチェニ温泉へ。セーチェニ温泉は湯船につかることの少ないロンドン暮らしでぱさついた私の体と吉田集而の『風呂とエクスタシー―入浴の文化人類学』を読んで以来世界のお風呂に興味津々の私の知的好奇心を満たしてくれた。アジア人がいないのでここでも珍しそうにジロジロ見られ、「ハハハ、どうだ見てみろ私がエイジアンだ」と大腕を振って歩きたいところだったけど一年間ほったらかしで締りのない腹筋なのでタオルで隠しながらコソコソ歩いて余計に目立ったりした。室内には様々な温度の温泉とサウナがあり、日本の温泉みたいに必ずしも熱くなのと天井が高いのとで湯気がこもらず快適だった。装飾された天井を眺めながら入る温めの薬草温泉がたまらない。野外では太陽の光を存分に浴び肌を日に焼きながら暖かい温水に浸かるという初めての感覚が最高だった。数時間遊んだ後は着替えて急ぎ足でオペラ座へ、400円でチケットが買えたのでロンドンでも見た『スペードの女王』を鑑賞することに。チャイコフスキーだから歌はロシア語で字幕はハンガリー語。場面展開に付いていくのが難しかったけれど、なんとか4時間半の超大作を見切った。ヒーローヒロインの顔は好みじゃなかったけど声とオペラ座内の装飾が私好みだったので幸せだった。ホステルに昼間買って冷やしておいたトカイワインとシャンパンを取りに戻り、オーブダが一望できる川沿いにピクニック(ピクニックって夜にも使える?もーあしびーの方がいい?)に出かけた。『ドナウの薔薇』とも形容される王宮サイドの夜景はこれまで見たどの夜景よりも繊細で綺麗だった。一人800円でこんなに贅沢なピクニックができるなんてハッピーハッピーだ。
→→→ザルツブルク(オーストリア)

早起きしてバスに乗り込み一旦ウィーンに帰って電車までの時間ホテルザッハーでザッハトルテを食べ(あぁ思い出すだけで涎が)、『世界の車窓からパート2』をした。今度の車両はとりあえず窓を開けることができたので涼しい風を受け段々見えてくるアルプスの山々に喚起の声を上げながら約3時間でサウンドオブミュージックの、モーツアルトの、そして三都主と恒様のザルツブルクに到着。涼しく空気の綺麗な駅に着くとオリンピック2014キャンディデイトの垂れ幕があった。私の手違いでザルツブルクではホステルを押さえられなかったのでホテルに泊まることになっていて、バスを乗り継ぎ3つ星のホテルにつくとラブリーなロッジに通された。マウンテンビューの素敵なお部屋の、二段ベッドじゃないベッドと広いバスルームのバスタブとキュートな花柄の壁紙に一同大興奮。市街地に繰り出す頃、何故だか話が噛み合わないことに気づいて旅仲間に質問してみると、これまた何故だか分からないけど私だけ翌日朝一のフライトで帰るチケットを買っていた事が発覚(笑)。一日しかないので「終電まで歩きまくわよ」と張り切って、まずはやっぱりホーエンザルツブルク城を目指すことに。ケーブルカーを使わず民家の脇を通りどんどん斜面を登って行った。高台からはオキナワンの私が滅多に目にすることのない雪をかぶった壮大な山々とこれまた世界遺産の美しい街並み。コンサートに繰り出す地元の人たちが民族衣装に身を包んでるのも乙だったし、ザルツブルクのビールも乙だったし、難攻不落の城壁の中のキュートで田舎っぽい生活感も乙だった。ウィーンの様なポッシュ感はないけど、上品で清楚で優雅で『余裕』を感じさせる落ち着いた街並みを私は随分気に入り、今度はザルツブルク大学(宮殿みたいな建物だった)に留学しようかなと思った。今度は川の向こう側に行きサウンドオブミュージックでマリアのいた修道院やモーツアルトの生家などを見て回わり『ドレミの歌』で有名なミラベル庭園ではちびっ子をナンパして一緒に感動のラストシーンを再現。暗くなってきたのでカフェのテラスに座りビールを飲んだ後スパークリングワインで最後の夜を楽しんだ。夜風が優しく髪を撫でるのでことさら名残惜しい気分になった。ホテルに帰りゆったりバスタブに浸かり旅の疲れを癒しザルツブルクの一日に幕を下ろした。
→→→ロンドン(イギリス)

朝食前に少し散歩をしようと思い立ち一人部屋を出た。小川を辿って歩いていくと住宅地に入った、朝っぱらから知らないエイジアンが家の前をうろついてたら驚くだろうなぁと思ったので『だらだら歩きの不審者』から『爽やかな朝のジョガー』にイメチェンした。同じスペース同じ屋根の高さなのに一つ一つの家の造りが相当違っていて楽しい。もう少し行くと本当のジョギングコースがあったのでスピードアップし山を見ながら随分遠くまで走った。朝食の時間になったので急いで戻るとレストランでは朝練を終えてサッカーの試合に向かうというドイツの中学生集団と一緒になった。ドイツ語が出来ないので挨拶だけして黙々ご飯を食べようと思ったら「何で走ってた?そんなにお腹が空いてるのか?」「コーヒーに砂糖が欲しいか?」「スシと友達か(多分高原のこと)?」「彼氏いる?」「俺とアイツとどっちの髪がいけてる?」と質問攻めにあい、ほとんど言葉が通じてないのに大爆笑しながらブレックファーストを食べた。母校の剣道部を引率して全国大会に行ったりしてた頃を思い出しついついはしゃいでしまった。部屋に戻り、私をこんなにも素晴らしい旅に連れ出してくれた素敵な素敵な仲間達に別れを告げ、一時間遅れのライアンエアに乗りロンドンへ帰ってきた。英語の文字にホッとし、ブリティッシュアクセントの入国審査官と冗談を交わし、荷物受け取り所で大学の友人にバッタリ会い、市内までのコーチに知り合いが乗ってきたりしてなんだかすっかりロンドンが私のホームになってることを実感。曇り空で肌寒いイギリスに戻っただけでこんなに「ただいま」という気分になるのだから7月に日本に、そして沖縄に帰ったらどうなるんだろう?
それにしても良い旅だった。やっぱり私は旅が好きだ、若いうちは『百聞は一見にしかず』をテーマに旅をしようと思っている。高級なものを味わう土台はまだないのでバックパッカーに毛が生えたくらいの格安ツアーでいい。航空券だけ握り締め足が棒になるくらいまで歩いて歩いて歩きまくろう。世界には色んな人がいて、色んな言葉で話し、色んなお酒を飲み、色んなのを食べ、色んな事を考えてる、だけどやっぱ所詮みーんなただの人間なんだというのを感じたい。一度でも足を運んだ国のニュースはもう『外国のニュースだって、ふーん』ではなく『行ったことある国のニュースだ!詳しく見てみよう』になる、同様に外国人の友達を作ると『外国のニュースだって、ふーん』ではなく『友達の国のニュースだ!詳しく見てみよう』になる、そうやって世界と繋がっていくことが私にとっては大事なことだったりする。グローバリゼーションは嫌いだけど、グローバルにものを見れる人間にはなりたいと思う。そんでもって大きくなったらグローバルに思考できるようになった脳で自分の生まれ落ちた小さな島のことを分析したり少しでも貢献できるように知恵を絞ったり出来る様な人になりたい。大きくなったらね、今はまだ修行中。
私の旅はまだまだ続く☆
2007年05月24日
『日本人をやることにまだ価値はあるか?』
『日本人をやることにまだ価値はあるか?』
最近の悩みです。今まではオキナワンの民族的アイデンティティに目覚めても『日本人である私』をそこまで問題視してきませんでした。だけど国民投票法が通り『国民主権』『基本的人権の尊重』『戦争放棄』の三本柱を捨てようとする動きを見て、これからも一生日本人として生きていく価値があるのかどうか本気で悩んだりします。
最近私の知ってる日本人留学生達は「外人と結婚して日本人やめようかしらん」なんて冗談を言います。ブッシュ政権以降エリートリベラルのアメリカンがこぞってカナダに移り住んだように、エリートジャパニーズも国外脱出するのかな?法や政治や開発を学んで国連で働きたいなんて口にするような【国家】に縛られない『自由』と『賢さ』を持った日本人留学生達が所属【国家】を憂いそんな冗談を口にする時代になりました。
私の大学には国を追われたり、難民になったり、戦争に参加したり、国の機関で働いたり、独立運動に参加したりなどなど様々な形で生れ落ちた【国家】と関ってきた人がわんさかいます。そういう人達を見て「すっげーなー」なんて口にするわけですが、考えてみると、沖縄生まれの日本人である私の両親は結婚できるような年になるまで『ドル』で生活していたわけですし、『パスポート』を持って日本へ行ってたんですよね。母方の祖父母にいたってはサイパンで戦争を体験し、引き上げ後は復帰運動を経験し、今は反戦地主の活動したりして、常に【国家】と関わって生きてるのです。私の世代のオキナワンにとっては『日米の基地』も『日本人のパスポート』も当たり前すぎるので、【国家】と言われてもいまいちピンと来ません。麻痺してると言えばそうだろうし、気にしないでも生きてこれるくらいには平和だったと言えばそうでもあるかもしれません。
沖縄を学問する外国人にはよく「何でクーデターが起こらないの?」「何で独立運動しないの?」と聞かれます。そんなこと言われても分かりませんが、オキナワンの素晴らしい『てーげー主義』が裏目に出てるのかもしれないななんて思ったりします。国民投票法が通ったのを機に沖縄を考えてみなくてはいけないなぁと思います。
話を戻して。『日本人をやることにまだ価値はあるか?』について友人と話したら彼がそのことを日記に書いてくれていたのですが、その締めくくりに、
でも、まだあきらめたわけじゃない。
3年後、国民投票で改憲を否決すれば、
はじめて国民が自らの手で日本国憲法を選び直したことになるわけで、
そしたら誰も「押しつけ憲法」なんて言えなくなる。
とありました。すごく好きです、非常にポジティブな質の良い考え方だと思います。是非『自らの手で平和憲法を勝ち取ったクールな日本国民』になりたいです。「日本人を続ける価値があるか否か」の議論は3年後に持ち越しましょうっと。
そうだ!「そう言ってもshinakosan、改憲の内容がいまいち分かんないよっ」という方は人を縛る自民党新憲法法案~「国民主権・基本的人権の尊重・戦争放棄の否定~を参照下さい(漫画だよ☆安倍の似顔絵が似すぎていて笑っちゃう)。
最近の悩みです。今まではオキナワンの民族的アイデンティティに目覚めても『日本人である私』をそこまで問題視してきませんでした。だけど国民投票法が通り『国民主権』『基本的人権の尊重』『戦争放棄』の三本柱を捨てようとする動きを見て、これからも一生日本人として生きていく価値があるのかどうか本気で悩んだりします。
最近私の知ってる日本人留学生達は「外人と結婚して日本人やめようかしらん」なんて冗談を言います。ブッシュ政権以降エリートリベラルのアメリカンがこぞってカナダに移り住んだように、エリートジャパニーズも国外脱出するのかな?法や政治や開発を学んで国連で働きたいなんて口にするような【国家】に縛られない『自由』と『賢さ』を持った日本人留学生達が所属【国家】を憂いそんな冗談を口にする時代になりました。
私の大学には国を追われたり、難民になったり、戦争に参加したり、国の機関で働いたり、独立運動に参加したりなどなど様々な形で生れ落ちた【国家】と関ってきた人がわんさかいます。そういう人達を見て「すっげーなー」なんて口にするわけですが、考えてみると、沖縄生まれの日本人である私の両親は結婚できるような年になるまで『ドル』で生活していたわけですし、『パスポート』を持って日本へ行ってたんですよね。母方の祖父母にいたってはサイパンで戦争を体験し、引き上げ後は復帰運動を経験し、今は反戦地主の活動したりして、常に【国家】と関わって生きてるのです。私の世代のオキナワンにとっては『日米の基地』も『日本人のパスポート』も当たり前すぎるので、【国家】と言われてもいまいちピンと来ません。麻痺してると言えばそうだろうし、気にしないでも生きてこれるくらいには平和だったと言えばそうでもあるかもしれません。
沖縄を学問する外国人にはよく「何でクーデターが起こらないの?」「何で独立運動しないの?」と聞かれます。そんなこと言われても分かりませんが、オキナワンの素晴らしい『てーげー主義』が裏目に出てるのかもしれないななんて思ったりします。国民投票法が通ったのを機に沖縄を考えてみなくてはいけないなぁと思います。
話を戻して。『日本人をやることにまだ価値はあるか?』について友人と話したら彼がそのことを日記に書いてくれていたのですが、その締めくくりに、
でも、まだあきらめたわけじゃない。
3年後、国民投票で改憲を否決すれば、
はじめて国民が自らの手で日本国憲法を選び直したことになるわけで、
そしたら誰も「押しつけ憲法」なんて言えなくなる。
とありました。すごく好きです、非常にポジティブな質の良い考え方だと思います。是非『自らの手で平和憲法を勝ち取ったクールな日本国民』になりたいです。「日本人を続ける価値があるか否か」の議論は3年後に持ち越しましょうっと。
そうだ!「そう言ってもshinakosan、改憲の内容がいまいち分かんないよっ」という方は人を縛る自民党新憲法法案~「国民主権・基本的人権の尊重・戦争放棄の否定~を参照下さい(漫画だよ☆安倍の似顔絵が似すぎていて笑っちゃう)。
2007年05月21日
ジュゴンはがちまやー。
あきさみよー!惚れ惚れするよな食べっぷり。
でーじがちまやーだねー。
(special thanks to zuidwijk who let me embed this great video to my blog!)
体長2.4~3.0m、体重250から400kgのちょっぴり太めなあの方は・・・
そう、(ゾウと祖先を同じくする!)何故か陸から海に帰ってった哺乳類ジュゴン!!
人魚というと私だったらディズニーのアリエールみたいに痩せっぽちの少女を想像するけど、
実はジュゴンがモデルなんだって。もしかして初代人魚姫は結構豊満なバディーだったりする?
肉厚な感じだよね、人間で言ったらビヨンセ?ムチムチしていて美味しそう、お尻とか噛みたくなる。
乱獲されたり開発による生態系の変化とかあって、今では絶滅危惧種になっちゃったジュゴンは、
同じく陸から海に帰っていった海草(うみくさ)を食べて生きてるんだって、運命の赤い糸ってやつ?

これが海草、青々としていてなかなか旨そーう。
一日に体重の10%の量食べるらしいので、体格の良いジュゴンなら一日40㌔の海草が必要!
それって私の体重と同じじゃない! (はい、嘘つきましたごめんなさい。誇大広告でしたごめんなさい。)
anyway、ジュゴンはがちまやーなわけ。だから海草が生える藻場がなくなったらとすぐ死んじゃう。

地図の青いところの海にジュゴンは住んでるけど、噂の「辺野古」はジュゴン生息の最北限。
「いやー、CHAGE&ASKAのポイントグリーンライブを楽しんだりかりゆしウェア着て環境問題に取り組む、
美しい日本の安倍という人のことだ、まさか日本で沖縄にしかいない天然記念物を見捨てないでしょ。」
なーんて思ってたのになぁー。 (はい、嘘つきましたごめんなさい。嫌味言いましたごめんなさい。)
この間mixiのコミュニティでね、
「基地建設反対理由は?」って聞かれたから「ジュゴンが死ぬから」って答えたら、
「そんなのは理由にならない」って言われちゃった。「そんなのってなんだよ!」とぷりぷり怒って、
ムカつきながら上の映像を再生したら、やっぱりアレだね、笑いが出てくる。
むっちゃ可愛い、でーじがちまやー。
「あんなに美味しそうに海草をもしゃもしゃ食べるがちまやージュゴンを一目見てから言ってよね。」
という感じ、口調が柔らかくなってきちゃう、あー私はジュゴンの虜。
ジュゴンを知らない人に「国防のためにはジュゴンの死は仕方がない」なんて言われたくない。
人類が絶滅危惧種をわざわざ殺していい理由なんて本当に一つもないんだよ。
でーじがちまやーだねー。
(special thanks to zuidwijk who let me embed this great video to my blog!)
体長2.4~3.0m、体重250から400kgのちょっぴり太めなあの方は・・・
そう、(ゾウと祖先を同じくする!)何故か陸から海に帰ってった哺乳類ジュゴン!!
人魚というと私だったらディズニーのアリエールみたいに痩せっぽちの少女を想像するけど、
実はジュゴンがモデルなんだって。もしかして初代人魚姫は結構豊満なバディーだったりする?
肉厚な感じだよね、人間で言ったらビヨンセ?ムチムチしていて美味しそう、お尻とか噛みたくなる。
乱獲されたり開発による生態系の変化とかあって、今では絶滅危惧種になっちゃったジュゴンは、
同じく陸から海に帰っていった海草(うみくさ)を食べて生きてるんだって、運命の赤い糸ってやつ?

これが海草、青々としていてなかなか旨そーう。
一日に体重の10%の量食べるらしいので、体格の良いジュゴンなら一日40㌔の海草が必要!
それって私の体重と同じじゃない! (はい、嘘つきましたごめんなさい。誇大広告でしたごめんなさい。)
anyway、ジュゴンはがちまやーなわけ。だから海草が生える藻場がなくなったらとすぐ死んじゃう。

地図の青いところの海にジュゴンは住んでるけど、噂の「辺野古」はジュゴン生息の最北限。
「いやー、CHAGE&ASKAのポイントグリーンライブを楽しんだりかりゆしウェア着て環境問題に取り組む、
美しい日本の安倍という人のことだ、まさか日本で沖縄にしかいない天然記念物を見捨てないでしょ。」
なーんて思ってたのになぁー。 (はい、嘘つきましたごめんなさい。嫌味言いましたごめんなさい。)
この間mixiのコミュニティでね、
「基地建設反対理由は?」って聞かれたから「ジュゴンが死ぬから」って答えたら、
「そんなのは理由にならない」って言われちゃった。「そんなのってなんだよ!」とぷりぷり怒って、
ムカつきながら上の映像を再生したら、やっぱりアレだね、笑いが出てくる。
むっちゃ可愛い、でーじがちまやー。
「あんなに美味しそうに海草をもしゃもしゃ食べるがちまやージュゴンを一目見てから言ってよね。」
という感じ、口調が柔らかくなってきちゃう、あー私はジュゴンの虜。
ジュゴンを知らない人に「国防のためにはジュゴンの死は仕方がない」なんて言われたくない。
人類が絶滅危惧種をわざわざ殺していい理由なんて本当に一つもないんだよ。
2007年05月19日
安倍+久間=シビリアンコントロール解除
防衛施設庁、海自協力で現況調査着手=普天間移設先の沿岸-反発高まる(時事通信社 - 05月18日 13:10)
那覇防衛施設局は18日午前、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)のキャンプ・シュワブ(名護市)沿岸部への移設に先立つ周辺海域の本格的な現況調査に着手した。環境影響評価(アセスメント)に先立つ調査で、海上自衛隊に協力を要請。潜水員が沖合で海中に入り、サンゴの産卵調査に使用する機材などを海底に設置した。自衛隊が米軍基地に絡む調査に協力するのは初めて。
普天間問題をめぐっては、日米両国が昨年5月に最終合意したV字型滑走路案の実現を目指す政府と、これに反対する地元の溝が埋まっていない。自衛隊の参加で、移設反対住民の反発がさらに高まることが予想される。
反対住民は同日午前5時半すぎから、近くの辺野古漁港周辺で集会を開催。約80人が集まり、「ヘリ基地反対協議会」の共同代表を務める安次富浩さんは「自衛隊が私たちに銃口を向けるということは民主主義を破壊することだ」と、政府の方針を厳しく非難した。
防衛省によると、現況調査は防衛施設庁が依頼した民間調査会社が主体となり、これに海自が協力する形。数日間かかる見込みで、サンゴの産卵を調べるための板やビデオカメラを設置する。
ミクロネシアの小さな島・ヤップよりというブログが最高に上手にこの報道を分析しているのでご覧あれ。
ポイントだけ以下に引用させてもらいましょ。
①現在行われている海域現況調査(事前調査)は
環境影響評価法(略称:環境アセス法)に違反した行為です。
②日本の歴史上はじめて市民運動に自衛隊(軍隊)が派遣されました。
③辺野古に建設しようとしている新基地は普天間基地の代替ではなく
米軍と自衛隊が使用する新たな出撃拠点にされる予定です。
国は教科書から「軍命の集団自決」を抹消したけど、今度はシビリアンコントロールの文字も消すかもよ。きゃー。
中学校で習ったシビリアンコントロールという言葉。軍が政治に介入や独走を阻止するための文民統制【広辞苑】って事だけど、安倍+久間は一緒になって非暴力に徹する市民団体に自衛隊を送ってニンマリしてるに違いない。
「いや、そうは言っても国家の安全保障が」とか「沖縄は基地に守ってもらってる」などという人がいるけど、この問題はスルーしちゃいけない。既成事実のあるなしで裁判や政治を展開させていく日本なので、一度これを許しちゃうと、これからは国はウザイと思ったら軍事力で国民を鎮圧できることになっちゃう。
例えば貴方のお家の隣に高層ビルが建つのに反対したら自衛隊の人が来て殴られるかもよ。
もし「基地とビルは違うでしょ」という人がいたら、それはかなーり問題発言で憲法の理念であるはずの平等権はないってことになっちゃう。
これも中学で習ったと思うけど憲法第14条には「国政において、人権・信条・性別・社会的身分・門地などにより差別されない権利」って書いてるじゃん。沖縄だからっていって差別される覚えはないんですけどー、どうなのよその辺!
とにかく、私は5月9日からずーっと気になって自衛隊の動向を追ってたんだけど【「自衛隊動員」「やったー!(昨日の日記を読んだ方必見)」「なんてこったい!(昨日・一昨日の日記読んだ方必見)」】ここに来てやっとこの事が日本本土のニュースに出て来てくれて嬉しい。
だけど報道のあり方には注意しないと怖いなーと思うんだよね。
久間のインタビューとかを聞くとさ、「環境アセスメントを妨害する文句ばっかり言う平和ボケした市民団体」って聞こえるのだけど、3年も海の前に座り込んで静かに確かな抗議をしてるおじーさんおばーさんに軍を仕向けて、環境アセスメント法に触れる形で(この前WWFの抗議文の翻訳を手伝わしてもらったのでその時に学んだわけ)調査を手伝うって(自衛隊員って珊瑚に詳しいわけ?)恐ろしいことしてるくせによく言うよ!って思う、私は怒ってる。
論文の中間発表が終わったので時間が出来たから、これからはちょっと本気で日本の動向について調べようっと。政治家が文民じゃなくなった今、ピュアシビリアンな私たちが政府の暴走を止める努力をしないとね。
那覇防衛施設局は18日午前、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)のキャンプ・シュワブ(名護市)沿岸部への移設に先立つ周辺海域の本格的な現況調査に着手した。環境影響評価(アセスメント)に先立つ調査で、海上自衛隊に協力を要請。潜水員が沖合で海中に入り、サンゴの産卵調査に使用する機材などを海底に設置した。自衛隊が米軍基地に絡む調査に協力するのは初めて。
普天間問題をめぐっては、日米両国が昨年5月に最終合意したV字型滑走路案の実現を目指す政府と、これに反対する地元の溝が埋まっていない。自衛隊の参加で、移設反対住民の反発がさらに高まることが予想される。
反対住民は同日午前5時半すぎから、近くの辺野古漁港周辺で集会を開催。約80人が集まり、「ヘリ基地反対協議会」の共同代表を務める安次富浩さんは「自衛隊が私たちに銃口を向けるということは民主主義を破壊することだ」と、政府の方針を厳しく非難した。
防衛省によると、現況調査は防衛施設庁が依頼した民間調査会社が主体となり、これに海自が協力する形。数日間かかる見込みで、サンゴの産卵を調べるための板やビデオカメラを設置する。
ミクロネシアの小さな島・ヤップよりというブログが最高に上手にこの報道を分析しているのでご覧あれ。
ポイントだけ以下に引用させてもらいましょ。
①現在行われている海域現況調査(事前調査)は
環境影響評価法(略称:環境アセス法)に違反した行為です。
②日本の歴史上はじめて市民運動に自衛隊(軍隊)が派遣されました。
③辺野古に建設しようとしている新基地は普天間基地の代替ではなく
米軍と自衛隊が使用する新たな出撃拠点にされる予定です。
国は教科書から「軍命の集団自決」を抹消したけど、今度はシビリアンコントロールの文字も消すかもよ。きゃー。
中学校で習ったシビリアンコントロールという言葉。軍が政治に介入や独走を阻止するための文民統制【広辞苑】って事だけど、安倍+久間は一緒になって非暴力に徹する市民団体に自衛隊を送ってニンマリしてるに違いない。
「いや、そうは言っても国家の安全保障が」とか「沖縄は基地に守ってもらってる」などという人がいるけど、この問題はスルーしちゃいけない。既成事実のあるなしで裁判や政治を展開させていく日本なので、一度これを許しちゃうと、これからは国はウザイと思ったら軍事力で国民を鎮圧できることになっちゃう。
例えば貴方のお家の隣に高層ビルが建つのに反対したら自衛隊の人が来て殴られるかもよ。
もし「基地とビルは違うでしょ」という人がいたら、それはかなーり問題発言で憲法の理念であるはずの平等権はないってことになっちゃう。
これも中学で習ったと思うけど憲法第14条には「国政において、人権・信条・性別・社会的身分・門地などにより差別されない権利」って書いてるじゃん。沖縄だからっていって差別される覚えはないんですけどー、どうなのよその辺!
とにかく、私は5月9日からずーっと気になって自衛隊の動向を追ってたんだけど【「自衛隊動員」「やったー!(昨日の日記を読んだ方必見)」「なんてこったい!(昨日・一昨日の日記読んだ方必見)」】ここに来てやっとこの事が日本本土のニュースに出て来てくれて嬉しい。
だけど報道のあり方には注意しないと怖いなーと思うんだよね。
久間のインタビューとかを聞くとさ、「環境アセスメントを妨害する文句ばっかり言う平和ボケした市民団体」って聞こえるのだけど、3年も海の前に座り込んで静かに確かな抗議をしてるおじーさんおばーさんに軍を仕向けて、環境アセスメント法に触れる形で(この前WWFの抗議文の翻訳を手伝わしてもらったのでその時に学んだわけ)調査を手伝うって(自衛隊員って珊瑚に詳しいわけ?)恐ろしいことしてるくせによく言うよ!って思う、私は怒ってる。
論文の中間発表が終わったので時間が出来たから、これからはちょっと本気で日本の動向について調べようっと。政治家が文民じゃなくなった今、ピュアシビリアンな私たちが政府の暴走を止める努力をしないとね。
2007年05月16日
基地があるということ
沖縄タイムス
2007年5月15日(火) 朝刊 28面
事件・事故58%が沖縄/全国施設局内で最多
二〇〇五年度に那覇防衛施設局管内で起きた米軍人・軍属による事件・事故は千十二件に上り、全国八カ所の施設局管内で最も多く、全体の57・6%を占めたことが十四日、「米軍人・軍属による事件被害者の会」(海老原大祐代表)のまとめで分かった。このうち「公務外」は九百二十五件だったが、日米地位協定に基づき米政府が被害者に慰謝料を支払ったケースは十件にとどまった。
過去五年の事件・事故では、〇三年度の千百五十九件(うち公務外九百九十一件)が最多。〇四年度は千十件(同九百十八件)に減少したが、〇五年度は再び増えた。
同年度に二番目に多かった横浜防衛施設局管内は計三百三十四件(公務外二百五十七件)で、那覇の約三分の一だった。
「発生件数」と「支払件数」が大きくかけ離れているのは、公務外の事件事故は当事者間の示談交渉が原則だからだ。
一九九六年の日米特別行動委員会(SACO)最終合意は、すべての在日米軍人とその家族、軍属に任意自動車保険の加入を義務付けており、那覇防衛施設局は「公務外事故のほとんどは、任意保険で解決されている」と説明している。
これに対し、海老原代表らは「加害者が示談交渉中に本国に逃げ帰ったり、保険に加入していなかったりするケースも多い。被害者の視点に立った対策を早急に整備すべきだ」と訴える。
沖縄は基地だらけ。37の米軍施設236,812,000㎡がフェンスで囲まれていて私たちは入れない。嘉手納町にいたっては住民の住居面積は17%で83%は基地面積という始末。フェンスの中と外。今日は「基地があるということ」をテーマに書いてみます。
沖縄市に生まれた団地っ子だった私は、フェンスの中の広大な青々とした芝の上にある見たこともないくらい大きくてカラフルな遊具で遊ぶ金髪の少女たちが羨ましくて仕方がなかった。母に「沖縄の中に基地があるの?基地の中に沖縄があるの?」と聞いたりした。
大人になって58号線をドライブなんかする時、ずーっと伸びる国道の両脇にこれまたずーっと伸びるフェンスがあって、「あぁ基地の中を通らせてもらってるな」という気持ちになったりした。私の大学の隣の大学に米軍のヘリコブターが落ちた時、必死に友人の安否を確認したあの日も「基地があるということ」を実感した。
だけど、正直、毎日毎日「基地があるということ」を考えているわけではない。私が生まれるずっとずっと前からある米軍基地。私には騒音もレイプも米軍機の事故も土壌汚染も平和集会も反基地運動もある意味「当たり前」のよくある風景で日常で、恋愛に忙しかったり論文に終われてたりすると、「そう毎日は米軍基地のこと考えてはいられないってば」とニュースをスルーしちゃうことだってある。
それだけ報道しないといけない米軍基地のニュースが沢山あるってことでもあるんだけどね。
私は時々本気で怒ったり、時に軽く流したりしながら米軍基地と共に生きてきた。
私が最初にアメリカに留学したとき、私は初めてアメリカ人=米兵じゃないってことを知った。(17才になるまで私は米兵じゃないアメリカ人を3人くらいしか見たことがなかった。)初めて「ミリタリーって嫌い、僕には関係のない世界」と言うアメリカ人に会った時には思わず殴りかかりそうになった。「アンタが知らない間にアンタの国の兵隊が沖縄で少女をレイプしてる」と殴る代わりに泣いて訴えた。アメリカ人はミリタリーを知らなすぎると思った。
「大学に行きたい、それに家族を養いたいから僕は軍人になる」という中米から移民してきた同級生と話したと時は切なくて苦しくて部屋に帰って泣いた。私は彼を責めることはできなかった、「貧乏人は徴兵されろ」という制度を作ったのは彼じゃない。
麻薬で捕まって裁判官に「牢屋に入るかそれとも海兵隊に入るか?」と聞かれ「じゃぁマリーンで」と言った同級生と、不良少年の厚生施設として軍隊を提供した裁判官のことは憎いと思った。
いろんな人がいろんな理由で米兵になることが分かった。
ちなみに私がそうやって高校時代に留学できたのはSACO合意が関係あるのだけど、1995年に起きた少女暴行事件をきっかけにクリントン・橋本・太田が会談した際、沖縄の高校生を一年間アメリカに派遣するというプログラムを作った。私はそれの一期生で、だから私のキャリアはレイプされた少女の犠牲からスタートしているという自覚がある。
私は絶対に一生、沖縄の「基地があるということ」を見て、そこから発生する問題を考えようと思ってる。
話を最初の新聞記事のところまでぐっと戻すと、沖縄には「基地があるということ」をはっきり示す犯罪が多い。年に1000件以上の被害というのは多すぎる、それも9割以上は公務外の事故・犯罪。慰謝料貰えたのが1012件中10件というのはちっとも意味が分からない。沖縄って法治国家?治外法権って今もあるわけ?
性犯罪にいたっては本当はもっとずっと多いんだろうな。私の友達にもレイプ被害者がいる。今私が住んでる英国だと夫婦間でもレイプが成り立つ。確かに英国はレイプ犯罪は多いけど、被害者がしっかり訴えられるような制度を頑張って作ってる。だけど狭い沖縄で仮にレイプされたと訴訟を起こすともう沖縄では住まれなくなってしまうと友達は言った。泣き寝入り、私は彼女を説得できなかった。沖縄には性被害者が安心して被害を訴えられる土壌がまだ、ない。
03年から被害が多くなってることはイラク戦争と関係があると私は思う。私たちは基地に入れないけど米兵たちは基地から出ることができる。
仕事が終わりクーラーの効いた部屋でフライドチキンを食べながら大音量で音楽を流し仲間と集まってプレイステーションで遊び綺麗な女の子と恋をする、そんな日常を過ごした米兵たちが「明日イラクに行け」という宣告をされる。どいういう気分だろう?
それから、イラクから帰ってきた帰還兵たちも沢山沖縄にいる。米国本土で問題になっている帰還兵のメンタルヘルスの問題、沖縄には彼らをフェンスの中に留めて置く権限はない。
感情を押し殺して戦場に向かう兵士、戦場から生きて帰ってきた精神を病む兵士、彼らを見て心を痛める明日はわが身の兵士、彼らは今日も自由にフェンスの外側を歩く。これが「基地があるということ」。
一体全体誰が悪いんだろう?
私はやっぱり戦争を知らないくせに、基地の街を知らないくせにいっちょまえに政治や軍事を語る想像力の乏しい自分勝手な政治家と彼らを支援する資産家が悪いと思う。戦争にならないような、敵視されないような政治ができなかったくせに、「国防」だの「平和」だのを口にして戦争に突入していくアメリカ。当たり前のように軍事費を増し世界中の米軍基地を強化し世界の警察気取りのアメリカ。でもってアメリカを動かしているのは一滴の血も流すことのない腹の黒い政治家。
沖縄にほとんどの米軍基地を押し付け知らん顔している日本政府も悪い。日本の政治家のほとんどは自分の子どもたちが米兵にレイプされたり、米軍機が墜落して死ぬかもしれないなんて考えたことがないだろうな。そして辺野古の青く美しい珊瑚とじゅごんの海を見たこともないだろうな、あの湾を見たこともないのに「仕方ない」というのは罪だよ。あれを見たら絶対「基地建設」なんて言葉を発せないはず、あまりにも美しのだもん。
「基地があるということ」はおかしいという事ってことをことあるごとに考えないといけないなと思った。
「基地があるということ」はおかしいという事ってことをことあるごとに伝えないといけないと思った。
2007年5月15日(火) 朝刊 28面
事件・事故58%が沖縄/全国施設局内で最多
二〇〇五年度に那覇防衛施設局管内で起きた米軍人・軍属による事件・事故は千十二件に上り、全国八カ所の施設局管内で最も多く、全体の57・6%を占めたことが十四日、「米軍人・軍属による事件被害者の会」(海老原大祐代表)のまとめで分かった。このうち「公務外」は九百二十五件だったが、日米地位協定に基づき米政府が被害者に慰謝料を支払ったケースは十件にとどまった。
過去五年の事件・事故では、〇三年度の千百五十九件(うち公務外九百九十一件)が最多。〇四年度は千十件(同九百十八件)に減少したが、〇五年度は再び増えた。
同年度に二番目に多かった横浜防衛施設局管内は計三百三十四件(公務外二百五十七件)で、那覇の約三分の一だった。
「発生件数」と「支払件数」が大きくかけ離れているのは、公務外の事件事故は当事者間の示談交渉が原則だからだ。
一九九六年の日米特別行動委員会(SACO)最終合意は、すべての在日米軍人とその家族、軍属に任意自動車保険の加入を義務付けており、那覇防衛施設局は「公務外事故のほとんどは、任意保険で解決されている」と説明している。
これに対し、海老原代表らは「加害者が示談交渉中に本国に逃げ帰ったり、保険に加入していなかったりするケースも多い。被害者の視点に立った対策を早急に整備すべきだ」と訴える。
沖縄は基地だらけ。37の米軍施設236,812,000㎡がフェンスで囲まれていて私たちは入れない。嘉手納町にいたっては住民の住居面積は17%で83%は基地面積という始末。フェンスの中と外。今日は「基地があるということ」をテーマに書いてみます。
沖縄市に生まれた団地っ子だった私は、フェンスの中の広大な青々とした芝の上にある見たこともないくらい大きくてカラフルな遊具で遊ぶ金髪の少女たちが羨ましくて仕方がなかった。母に「沖縄の中に基地があるの?基地の中に沖縄があるの?」と聞いたりした。
大人になって58号線をドライブなんかする時、ずーっと伸びる国道の両脇にこれまたずーっと伸びるフェンスがあって、「あぁ基地の中を通らせてもらってるな」という気持ちになったりした。私の大学の隣の大学に米軍のヘリコブターが落ちた時、必死に友人の安否を確認したあの日も「基地があるということ」を実感した。
だけど、正直、毎日毎日「基地があるということ」を考えているわけではない。私が生まれるずっとずっと前からある米軍基地。私には騒音もレイプも米軍機の事故も土壌汚染も平和集会も反基地運動もある意味「当たり前」のよくある風景で日常で、恋愛に忙しかったり論文に終われてたりすると、「そう毎日は米軍基地のこと考えてはいられないってば」とニュースをスルーしちゃうことだってある。
それだけ報道しないといけない米軍基地のニュースが沢山あるってことでもあるんだけどね。
私は時々本気で怒ったり、時に軽く流したりしながら米軍基地と共に生きてきた。
私が最初にアメリカに留学したとき、私は初めてアメリカ人=米兵じゃないってことを知った。(17才になるまで私は米兵じゃないアメリカ人を3人くらいしか見たことがなかった。)初めて「ミリタリーって嫌い、僕には関係のない世界」と言うアメリカ人に会った時には思わず殴りかかりそうになった。「アンタが知らない間にアンタの国の兵隊が沖縄で少女をレイプしてる」と殴る代わりに泣いて訴えた。アメリカ人はミリタリーを知らなすぎると思った。
「大学に行きたい、それに家族を養いたいから僕は軍人になる」という中米から移民してきた同級生と話したと時は切なくて苦しくて部屋に帰って泣いた。私は彼を責めることはできなかった、「貧乏人は徴兵されろ」という制度を作ったのは彼じゃない。
麻薬で捕まって裁判官に「牢屋に入るかそれとも海兵隊に入るか?」と聞かれ「じゃぁマリーンで」と言った同級生と、不良少年の厚生施設として軍隊を提供した裁判官のことは憎いと思った。
いろんな人がいろんな理由で米兵になることが分かった。
ちなみに私がそうやって高校時代に留学できたのはSACO合意が関係あるのだけど、1995年に起きた少女暴行事件をきっかけにクリントン・橋本・太田が会談した際、沖縄の高校生を一年間アメリカに派遣するというプログラムを作った。私はそれの一期生で、だから私のキャリアはレイプされた少女の犠牲からスタートしているという自覚がある。
私は絶対に一生、沖縄の「基地があるということ」を見て、そこから発生する問題を考えようと思ってる。
話を最初の新聞記事のところまでぐっと戻すと、沖縄には「基地があるということ」をはっきり示す犯罪が多い。年に1000件以上の被害というのは多すぎる、それも9割以上は公務外の事故・犯罪。慰謝料貰えたのが1012件中10件というのはちっとも意味が分からない。沖縄って法治国家?治外法権って今もあるわけ?
性犯罪にいたっては本当はもっとずっと多いんだろうな。私の友達にもレイプ被害者がいる。今私が住んでる英国だと夫婦間でもレイプが成り立つ。確かに英国はレイプ犯罪は多いけど、被害者がしっかり訴えられるような制度を頑張って作ってる。だけど狭い沖縄で仮にレイプされたと訴訟を起こすともう沖縄では住まれなくなってしまうと友達は言った。泣き寝入り、私は彼女を説得できなかった。沖縄には性被害者が安心して被害を訴えられる土壌がまだ、ない。
03年から被害が多くなってることはイラク戦争と関係があると私は思う。私たちは基地に入れないけど米兵たちは基地から出ることができる。
仕事が終わりクーラーの効いた部屋でフライドチキンを食べながら大音量で音楽を流し仲間と集まってプレイステーションで遊び綺麗な女の子と恋をする、そんな日常を過ごした米兵たちが「明日イラクに行け」という宣告をされる。どいういう気分だろう?
それから、イラクから帰ってきた帰還兵たちも沢山沖縄にいる。米国本土で問題になっている帰還兵のメンタルヘルスの問題、沖縄には彼らをフェンスの中に留めて置く権限はない。
感情を押し殺して戦場に向かう兵士、戦場から生きて帰ってきた精神を病む兵士、彼らを見て心を痛める明日はわが身の兵士、彼らは今日も自由にフェンスの外側を歩く。これが「基地があるということ」。
一体全体誰が悪いんだろう?
私はやっぱり戦争を知らないくせに、基地の街を知らないくせにいっちょまえに政治や軍事を語る想像力の乏しい自分勝手な政治家と彼らを支援する資産家が悪いと思う。戦争にならないような、敵視されないような政治ができなかったくせに、「国防」だの「平和」だのを口にして戦争に突入していくアメリカ。当たり前のように軍事費を増し世界中の米軍基地を強化し世界の警察気取りのアメリカ。でもってアメリカを動かしているのは一滴の血も流すことのない腹の黒い政治家。
沖縄にほとんどの米軍基地を押し付け知らん顔している日本政府も悪い。日本の政治家のほとんどは自分の子どもたちが米兵にレイプされたり、米軍機が墜落して死ぬかもしれないなんて考えたことがないだろうな。そして辺野古の青く美しい珊瑚とじゅごんの海を見たこともないだろうな、あの湾を見たこともないのに「仕方ない」というのは罪だよ。あれを見たら絶対「基地建設」なんて言葉を発せないはず、あまりにも美しのだもん。
「基地があるということ」はおかしいという事ってことをことあるごとに考えないといけないなと思った。
「基地があるということ」はおかしいという事ってことをことあるごとに伝えないといけないと思った。
2007年05月14日
CHAGE and ASKA
DUMP BASE NOT CONSTITUTION
「憲法じゃなくて基地捨てろ」
ニューオリンズのMAKE LEVEES NOT WAR「戦争じゃなくて堤防作れ」を真似てスローガン作ってみた。
シュプレヒコールでこれやらないかなー?ポスター作ろうかなぁー?
最近暗いニュースばっかりで嫌になるわー。
全くもう。プリプリ。
誰か私を癒しておくれ、そして論文に集中させてくれー。
あ、そうそうこの前は、
セクシーD'Angeloにノックアウトされて心地よい眠りの世界に連れて行かれようとしたんだっけ。
中間発表のプレゼンが迫ってるから、今日はさすがに眠くなるわけにはいかん。
そうだ、CHAGE&ASKA聞こう+ジブリに癒されよう。
タイトルはOn Your Mark「位置に付け」だし丁度いいじゃないか。
あーん、素敵よ。
居酒屋でCHAGEが食べてるネバネバしたの何あれ?美味しそう。居酒屋恋しいな。
居酒屋の壁に書かれてる200円の「バイオ蛸酢」ってなんだ?気になる。
ASKAの仕事場にバラの花束があるのも気になる。ファンからもらったのか?
っていうか警察が機関銃や手榴弾で武装していいのか?
やられた人たちは宗教活動してる系?目のマークは何を象徴してる?
KKKみたいな頭巾は何?
味方の人たちは膨らまして殺したのか?それとも気絶しただけか?
ハリウッドかウルトラマン映画並みに悪者退治のために街をぶっ壊していいのか?
超危険区域にある家って何?あのに聳え立つ建物は一体何だ?ラピュタか?
あー、なんか楽しいなぁこの次々浮かぶクエスチョン。さすが宮崎駿、やるなー。
それにしてもジブリで飛ぶ人達いつも気持ち良さそう、高所恐怖症の私が言うんだからなかなかだよ。
私に羽生えてたらああやって風を感じて飛ぶんだな、ってなんか感覚として知ってる気になる。
実際にはちっとも飛びたくないけどネ、でも見てるとスーッとするね。
あー、なんか頭が冴えてきたぞ、有難うCHAGEとASKAと宮崎駿とスタジオジブリ。
私ゃ今夜も頑張るよ。
「憲法じゃなくて基地捨てろ」
ニューオリンズのMAKE LEVEES NOT WAR「戦争じゃなくて堤防作れ」を真似てスローガン作ってみた。
シュプレヒコールでこれやらないかなー?ポスター作ろうかなぁー?
最近暗いニュースばっかりで嫌になるわー。
全くもう。プリプリ。
誰か私を癒しておくれ、そして論文に集中させてくれー。
あ、そうそうこの前は、
セクシーD'Angeloにノックアウトされて心地よい眠りの世界に連れて行かれようとしたんだっけ。
中間発表のプレゼンが迫ってるから、今日はさすがに眠くなるわけにはいかん。
そうだ、CHAGE&ASKA聞こう+ジブリに癒されよう。
タイトルはOn Your Mark「位置に付け」だし丁度いいじゃないか。
あーん、素敵よ。
居酒屋でCHAGEが食べてるネバネバしたの何あれ?美味しそう。居酒屋恋しいな。
居酒屋の壁に書かれてる200円の「バイオ蛸酢」ってなんだ?気になる。
ASKAの仕事場にバラの花束があるのも気になる。ファンからもらったのか?
っていうか警察が機関銃や手榴弾で武装していいのか?
やられた人たちは宗教活動してる系?目のマークは何を象徴してる?
KKKみたいな頭巾は何?
味方の人たちは膨らまして殺したのか?それとも気絶しただけか?
ハリウッドかウルトラマン映画並みに悪者退治のために街をぶっ壊していいのか?
超危険区域にある家って何?あのに聳え立つ建物は一体何だ?ラピュタか?
あー、なんか楽しいなぁこの次々浮かぶクエスチョン。さすが宮崎駿、やるなー。
それにしてもジブリで飛ぶ人達いつも気持ち良さそう、高所恐怖症の私が言うんだからなかなかだよ。
私に羽生えてたらああやって風を感じて飛ぶんだな、ってなんか感覚として知ってる気になる。
実際にはちっとも飛びたくないけどネ、でも見てるとスーッとするね。
あー、なんか頭が冴えてきたぞ、有難うCHAGEとASKAと宮崎駿とスタジオジブリ。
私ゃ今夜も頑張るよ。
2007年05月13日
報道というものは。。。
<人間の鎖>復帰35年記念し嘉手納で 初めて包囲できず
5月13日20時3分配信 毎日新聞
今月15日の沖縄県の本土復帰35年を記念し、米軍基地の機能強化などに抗議して米空軍嘉手納基地(嘉手納町など)を「人間の鎖」で包囲する催しが13日、行われた。約1万5300人(主催者発表)が基地フェンスに沿って立ち、手をつないだが、参加者不足で外周約18キロを完全に包囲できなかった。87年以降通算8回目で、初の“失敗”。沖縄の反基地運動の退潮ぶりを象徴する結果となった。
沖縄平和運動センターなど約70団体でつくる実行委によると、鎖は8カ所でつながらず、空白区間は延べ約2.5~3キロあった。実行委の崎山嗣幸(しこう)共同代表は「準備期間の短さや取り組み不足が原因。だが、1万5000人余の結集は大きな意義がある。基地負担や危険に対する県民感情が薄らいだとは思っていない」と強調した。
人間の鎖は87、90、00年に嘉手納を、95、98、04、05年は普天間飛行場(宜野湾市)を囲んだ。今回は、米軍再編を受けて迎撃ミサイル「パトリオット3」の配備や航空自衛隊の共同使用など、機能強化が進む嘉手納に懸念を示す狙いがあった。【上野央絵】
毎日新聞の記事。
私のファミリーを含む包囲行動に集まった1万5千あまりの市民に対して「失敗」「沖縄の反基地運動の退潮」という言葉を投げつけて、約18Kmある嘉手納基地の15Km強囲んだことは言わずに3Km弱つながらなかったことに焦点を当てて新聞を書くなんて酷い。
毎日新聞社に「上野記者の記事は主観的でメディア倫理を欠くものではないでしょうか?私は家族を侮辱されたような気分になりました。」と抗議メールを送ってみた。
沖縄は、表向きは観光客用に「癒しの島、ゆいまーるでみんな仲良し」ということになってるけど、実は狭いコミュニティを縦に横に分断され、思ったことを素直に表せないという社会。
行動したくて行動出来る人たちが表現して何が悪いの?どうして失敗呼ばわりされないといけないの?本土のジャパニーズが接することのできる数少ない沖縄ニュースがこれだなんてあんまりじゃない?
もしかしたら私が過敏に反応しているだけかもしれない。歴史だって報道だって人間によって生み出されるもの、私だって私というフィルターを通して日記を書いてる。だけど私と上野氏はイコールじゃない、彼女はブログではなく新聞を書いている、彼女の一文字一文字をクリティカルに思考することを教育されてこなかった日本人の心が躊躇もなしに、そこに書き手の意思があることに気が付かずにごくごくと吸収するのだと思ったら、私はオキナワンとしてすっごく不満だ。
記事のリンクを張ろうと思って毎日新聞の地域ニュース(←クリックしてみて)のページに行ってみをたらなんと都道府県が46しかなくって沖縄県はないの。・・・なんで?差別え?私がいない間に沖縄って独立したんだっけ?どういうこと?地図上にはあるけど沖縄県は日本の地域じゃないってこと?誰か教えて!
5月13日20時3分配信 毎日新聞
今月15日の沖縄県の本土復帰35年を記念し、米軍基地の機能強化などに抗議して米空軍嘉手納基地(嘉手納町など)を「人間の鎖」で包囲する催しが13日、行われた。約1万5300人(主催者発表)が基地フェンスに沿って立ち、手をつないだが、参加者不足で外周約18キロを完全に包囲できなかった。87年以降通算8回目で、初の“失敗”。沖縄の反基地運動の退潮ぶりを象徴する結果となった。
沖縄平和運動センターなど約70団体でつくる実行委によると、鎖は8カ所でつながらず、空白区間は延べ約2.5~3キロあった。実行委の崎山嗣幸(しこう)共同代表は「準備期間の短さや取り組み不足が原因。だが、1万5000人余の結集は大きな意義がある。基地負担や危険に対する県民感情が薄らいだとは思っていない」と強調した。
人間の鎖は87、90、00年に嘉手納を、95、98、04、05年は普天間飛行場(宜野湾市)を囲んだ。今回は、米軍再編を受けて迎撃ミサイル「パトリオット3」の配備や航空自衛隊の共同使用など、機能強化が進む嘉手納に懸念を示す狙いがあった。【上野央絵】
毎日新聞の記事。
私のファミリーを含む包囲行動に集まった1万5千あまりの市民に対して「失敗」「沖縄の反基地運動の退潮」という言葉を投げつけて、約18Kmある嘉手納基地の15Km強囲んだことは言わずに3Km弱つながらなかったことに焦点を当てて新聞を書くなんて酷い。
毎日新聞社に「上野記者の記事は主観的でメディア倫理を欠くものではないでしょうか?私は家族を侮辱されたような気分になりました。」と抗議メールを送ってみた。
沖縄は、表向きは観光客用に「癒しの島、ゆいまーるでみんな仲良し」ということになってるけど、実は狭いコミュニティを縦に横に分断され、思ったことを素直に表せないという社会。
行動したくて行動出来る人たちが表現して何が悪いの?どうして失敗呼ばわりされないといけないの?本土のジャパニーズが接することのできる数少ない沖縄ニュースがこれだなんてあんまりじゃない?
もしかしたら私が過敏に反応しているだけかもしれない。歴史だって報道だって人間によって生み出されるもの、私だって私というフィルターを通して日記を書いてる。だけど私と上野氏はイコールじゃない、彼女はブログではなく新聞を書いている、彼女の一文字一文字をクリティカルに思考することを教育されてこなかった日本人の心が躊躇もなしに、そこに書き手の意思があることに気が付かずにごくごくと吸収するのだと思ったら、私はオキナワンとしてすっごく不満だ。
・・・でもこんなの序の口で、
もっとありえないの見つけちゃった。
怖いよー。怖いよー。怖いよー。
もっとありえないの見つけちゃった。
怖いよー。怖いよー。怖いよー。
記事のリンクを張ろうと思って毎日新聞の地域ニュース(←クリックしてみて)のページに行ってみをたらなんと都道府県が46しかなくって沖縄県はないの。・・・なんで?差別え?私がいない間に沖縄って独立したんだっけ?どういうこと?地図上にはあるけど沖縄県は日本の地域じゃないってこと?誰か教えて!
2007年05月12日
国民投票法案の採決
(時事通信社 - 05月11日 19:10)
参院憲法調査特別委員会は11日夕、憲法改正の手続きを定める国民投票法案の採決を行い、自民、公明両党の賛成多数で可決した。
Is it still worth being Japanese?
All I need is PEACE.
You know, PEACE?
Let me say it again, PEACE!!!
参院憲法調査特別委員会は11日夕、憲法改正の手続きを定める国民投票法案の採決を行い、自民、公明両党の賛成多数で可決した。
Is it still worth being Japanese?
All I need is PEACE.
You know, PEACE?
Let me say it again, PEACE!!!
2007年05月11日
なんてこったい!(昨日・一昨日の日記を読んだ方必見!)
三部作になりそうです。
自衛隊動員シリーズ。
今日までの流れは上記の通り。
というわけで、皆様。
「今日自衛隊が動員されることがないそうですので、
皆さんどうかご安心を!」 と私は書きましたが、
明日はどうなるか分かりません。
例え潜水士としてでも『自衛隊を動員』させるという事の意味を
私はしっかり考えなくてはと思います。
人道支援といってはじめたPKOも、
今では大量破壊兵器のないイラクに米国支援に行く始末、
私の住んでいるイギリスではイラク問題が争点になり
任期を待たずしてトニー・ブレアは退陣に追いやられます。
イラク戦争は議論せねばならぬ大問題なのに、大した議論もせぬまま
当然のごとく自衛隊を送り込んだのは私の生まれた国、『日本』。
同じようにして今度は沖縄に自衛隊を送るそうです、
議論もないまま、
きちんとした報道もないまま。
例えば私が日テレのニュースを見なかったら、
私はきっとこの3日間気を揉む事なしに、
無知が所以のあどけなさをもってのんびり暮らしていたでしょう。
知ることが出来て本当に良かったです。
日テレのニュースを見た後すぐに色々検索したのだけど、
このニュースに関連した記事やブログやらを見つけられませんでした。
『住民の声を黙殺し
沖縄沿岸に米軍基地建設のため
自衛隊を動員する』
という可能性を私たち国民は知らされないということです。
知ろうとしない限り見ることも出来ないなんて、
ぞーっとしますね。
シリアスになったり気が緩んだり、
この3日間の私に付き合って下さった方々には本当に感謝しています。
これからも情報交換して日本を見つめていきましょう。
そして、
まさか日本が米従し国民をないがしろにする国だなんて思ってもみない
憲法改正に直接関わることになるかもしれない友人がいたら、
この問題をシェアすることで改憲を考えていけたらいいなと思っています。
続きを読む
自衛隊動員シリーズ。
5月9日深夜 日テレNews24
「普天間移設 環境調査に海上自衛隊を動員へ」
5月10日午後 官房長官インタビュー
「警備は警察と第十一管区海上保安本部の仕事だ」
=自衛隊動員を否定
5月11日朝刊 琉球新報
「海自動員可能性を示唆 辺野古事前調査で官房長官」
5月11日昼 OTV沖縄テレビ放送
「自衛隊掃海母艦が沖縄近海へ」
「普天間移設 環境調査に海上自衛隊を動員へ」
5月10日午後 官房長官インタビュー
「警備は警察と第十一管区海上保安本部の仕事だ」
=自衛隊動員を否定
5月11日朝刊 琉球新報
「海自動員可能性を示唆 辺野古事前調査で官房長官」
5月11日昼 OTV沖縄テレビ放送
「自衛隊掃海母艦が沖縄近海へ」
今日までの流れは上記の通り。
というわけで、皆様。
「今日自衛隊が動員されることがないそうですので、
皆さんどうかご安心を!」 と私は書きましたが、
明日はどうなるか分かりません。
例え潜水士としてでも『自衛隊を動員』させるという事の意味を
私はしっかり考えなくてはと思います。
人道支援といってはじめたPKOも、
今では大量破壊兵器のないイラクに米国支援に行く始末、
私の住んでいるイギリスではイラク問題が争点になり
任期を待たずしてトニー・ブレアは退陣に追いやられます。
イラク戦争は議論せねばならぬ大問題なのに、大した議論もせぬまま
当然のごとく自衛隊を送り込んだのは私の生まれた国、『日本』。
同じようにして今度は沖縄に自衛隊を送るそうです、
議論もないまま、
きちんとした報道もないまま。
例えば私が日テレのニュースを見なかったら、
私はきっとこの3日間気を揉む事なしに、
無知が所以のあどけなさをもってのんびり暮らしていたでしょう。
知ることが出来て本当に良かったです。
日テレのニュースを見た後すぐに色々検索したのだけど、
このニュースに関連した記事やブログやらを見つけられませんでした。
『住民の声を黙殺し
沖縄沿岸に米軍基地建設のため
自衛隊を動員する』
という可能性を私たち国民は知らされないということです。
知ろうとしない限り見ることも出来ないなんて、
ぞーっとしますね。
シリアスになったり気が緩んだり、
この3日間の私に付き合って下さった方々には本当に感謝しています。
これからも情報交換して日本を見つめていきましょう。
そして、
まさか日本が米従し国民をないがしろにする国だなんて思ってもみない
憲法改正に直接関わることになるかもしれない友人がいたら、
この問題をシェアすることで改憲を考えていけたらいいなと思っています。
続きを読む
2007年05月10日
やったー!(昨日の日記読んだ方必見)
どうも気になっていたのです、
次々と報道されてもおかしくない「自衛隊動員」のニュースが、
日テレでしか報道されてないこと。
(日テレって沖縄で見れないし。)
報道関係者に問い合わせたら案の定、
『情報源は官邸サイド。報道しているのは日テレニュースのみ。』
らしいです。
官房長官が午後の取材で、
『警備は警察と第十一管区海上保安本部の仕事だ』
といって報道を否定したそう。
やったー。
やったー。
やったー。
『自衛隊動員』
されないんだって、
『自衛隊動員』
が現実のものじゃぁなくて本当に良かった。
かちゃーしーを踊ろう!
けど、
官房長官が、
『何も決まっていません』
という言い方してるのが気になるのだと、
その方は言ってました。
自衛隊を動員しませんとは言わなかったと。
しかも、
昨日の日記を書くにあたって、
辺野古の活動に参加している友人に問い合わせたら、
「自衛隊動員の情報がすでに団体に知らされている」
と話してました。
リークだったのか、
ミスリークだったのか、
それも気になるけど私の争点はそこじゃなくって、
改憲されたら国家は権力で住民を抑圧することが出来るようになる、
というとこ。
地震と原子力発電所が隣り合わせのように、
改憲と基本的人権も隣り合わせ。
薄い氷の上をなんとか避けて歩けたようだけど、
根本的な問題は何も変わってない、
っていうかむしろ改憲になったら
昨日の報道みたいなのが現実のものになっちゃうかも。
白昼堂々と住民に軍を仕向ける国になっちゃうよ。
ガセを掴まされたというよりは、
すっごく辛い予行演習をさせてもらったという気分です。
でもとりあえず、
今日自衛隊が動員されることがないそうですので、
皆さんどうかご安心を!
だけどホッとしすぎずに、
これからも辺野古やジュゴンや憲法や自衛隊を見て行きましょ。
ps:
「shinakosanに騙されたどうしてくれるのだ!」「読みが甘いよお前さん」等等、苦情がありましたら是非メッセージくださいな☆
次々と報道されてもおかしくない「自衛隊動員」のニュースが、
日テレでしか報道されてないこと。
(日テレって沖縄で見れないし。)
報道関係者に問い合わせたら案の定、
『情報源は官邸サイド。報道しているのは日テレニュースのみ。』
らしいです。
官房長官が午後の取材で、
『警備は警察と第十一管区海上保安本部の仕事だ』
といって報道を否定したそう。
やったー。
やったー。
やったー。
『自衛隊動員』
されないんだって、
『自衛隊動員』
が現実のものじゃぁなくて本当に良かった。
かちゃーしーを踊ろう!
けど、
官房長官が、
『何も決まっていません』
という言い方してるのが気になるのだと、
その方は言ってました。
自衛隊を動員しませんとは言わなかったと。
しかも、
昨日の日記を書くにあたって、
辺野古の活動に参加している友人に問い合わせたら、
「自衛隊動員の情報がすでに団体に知らされている」
と話してました。
リークだったのか、
ミスリークだったのか、
それも気になるけど私の争点はそこじゃなくって、
改憲されたら国家は権力で住民を抑圧することが出来るようになる、
というとこ。
地震と原子力発電所が隣り合わせのように、
改憲と基本的人権も隣り合わせ。
薄い氷の上をなんとか避けて歩けたようだけど、
根本的な問題は何も変わってない、
っていうかむしろ改憲になったら
昨日の報道みたいなのが現実のものになっちゃうかも。
白昼堂々と住民に軍を仕向ける国になっちゃうよ。
ガセを掴まされたというよりは、
すっごく辛い予行演習をさせてもらったという気分です。
でもとりあえず、
今日自衛隊が動員されることがないそうですので、
皆さんどうかご安心を!
だけどホッとしすぎずに、
これからも辺野古やジュゴンや憲法や自衛隊を見て行きましょ。
ps:
「shinakosanに騙されたどうしてくれるのだ!」「読みが甘いよお前さん」等等、苦情がありましたら是非メッセージくださいな☆






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