2008年01月28日

ジュゴン訴訟

勝ちましたね、ジュゴン訴訟!

まだまだ生態がベールに包まれているプリプリッとして愛らしいジュゴンが沖縄の辺野古という海に住んでいます。辺野古は世界でもジュゴンの住める一番北の場所、素晴らしい藻場やサンゴがあって、漁港から海に向かって右だけ見てれば「ここは天国かしら」と思っちゃうかもしれないけれど、左を見たら白い砂浜にグルグル巻きの鉄条網が転がっていたり、水陸両用戦車が海からドバッとあがってきたり、普天間基地から飛んできた米軍ヘリがバタバタと降りてきたりで「ここは地獄かしら」と思っちゃうかもしれません。なんか「境界線」って感じです。

日米のSACO合意というのがあって、それで在沖米軍基地の整理縮小が言われた時「やった!」と思いました、「これでやっと沖縄も平和になるぞ」ってね。だけどさすがは政府、それは単なるリップサービスで、その内容って言うのは60年経って古くて使い物にならなくなった施設や60年汚染し続けていちいち原状回復していたらお金がいくらあっても足りなくなる土地を今のうち沖縄に返そう、そして土地を返還してあげる代わりに新しく山を切り崩し海を埋め立てて21世紀バージョンの最新鋭の武器や戦闘機を配備させてくれよというプランです。「なんだそれ?」って思うでしょう?

そしてジュゴンの住む海を埋め立てて滑走路を作ろうという話になりました。

「マイバックを持ちましょう」「水は限りある資源です」「地球温暖化問題に取り組もう」と言いながら、環境庁を環境省に昇格させながら、ジュゴンを天然記念物に指定しながら、日本で唯一ジュゴンの住める海を外国の基地建設のために埋め立てようというのは実に可笑しいですね。日本政府に訴えるだけでは埒が明きませんので、政府へ訴えるのと同時進行で、そもそもの原因の米国防衛省をカリフォルニア州の連邦地裁で訴えるという訴訟が起こりました。その原告にはあのジュゴンも入っていたことで脚光を浴び、その名も「ジュゴン訴訟」と呼ばれるようになりました☆

それでね、ジュゴン保護を求めた「自然の権利」訴訟だったのだけど「ジュゴンは文化財じゃないでしょ」と言われたりしていたのですけど、なーんとジュゴン訴訟、勝訴いたしました☆地裁は米防衛省に生態系への影響を考慮するよう命令を出したり、アセスの方法書の提出をもとめたりしました。普通に考えたら自国の軍隊が外国に新基地を作ることでその国に住む世界的な絶滅危惧種が死ぬことになったら「そんなの良くない」となるのですが、国家とか軍事とか政治とかが絡むとそうとも言えないややこしい感じになってくるわけです。それなのにジュゴン訴訟勝ちました!勿論祝杯をあげましたよー。

決め手となったは政府の行為が文化財に影響を与える場合事前に保護策を検討するように求める「米国歴史保存法(NHPA)」っていうやつの適応です。今回は絶滅危惧種のジュゴンを文化財と認めてそれを保護するようにアメリカが考えたということですけど、日本政府はちっともそういう風に考えていないので、この間も「なんちゃってアセス方法書」を提出して怒られていましたね。学問や環境問題や市民団体を軽視する日本政府の姿がありありと浮かんだと思います。町村官房長官は記者会見で「よその国の裁判のことでありしかもまだ係争中だ。日本政府としてコメントすることは適切ではない。日米両政府が合意した案はジュゴンを含む自然環境への影響をできる限り少なくする配慮もあって出来上がった。一日も早く移設を進めるとの政府の大方針に沿ってしっかりやっていきたい。」と言いました。

どうして官房長官は日本の天然記念物の住む海を、日本人の納めた税金を使って国土に新たな米国軍の基地を作ることで「破壊」することに躍起になるのでしょう?そしてどうして地元メディア以外はこの記事を大きく取り上げないのでしょう?どうしてこの勝訴のニュースがmixiニュースのトップに載らないのでしょうか?米国防衛省が敗訴したことは「再生紙偽装さらなる調査必要、環境省」というニュースより小さなニュースなのでしょうか?そこら辺りの感覚が私には分からないです。ジュゴン訴訟勝訴のニュースはどのスポーツ中継よりもエキサイティングでビールを美味しくさせるものなのになあと思うと不思議です。

今からでも米国防衛省敗訴の事実は変わりませんので、まだ祝杯を挙げていらっしゃらない方で美味しいビールの飲みたい方は是非下記のリンクなどを読んで辺野古のジュゴンを想像してグラスを仰いでくださいませ。これからもまだまだ問題解決まで長い長い道のりが続いていますけど、ここで心の底からリラックスして素直に嬉しいという気持ちになれたこと、本当に嬉しく思います。原告の人間の皆さん、ジュゴンやその他の絶滅危惧種の皆さんどうもありがとうございました。



「自然の権利」
沖縄ジュゴン「自然の権利」訴訟 原告紹介 


UNITED STATES DISTRICT COURT NORTHERN DISTRICT OF CALIFORNIA
判決全文Case 3:03-cv-04350-MHP Document 119


EARTHJUSTIS
Federal Judge Rules Against U.S. Defense Department Plans for Airbase in Habitat of Okinawa Dugong

the International Herald Tribune
U.S. military must consider Japan base's impact on "sea cow" marine mammal

沖縄タイムス
米国防総省が敗訴/沖縄ジュゴン訴訟

琉球新報
ジュゴン影響調査命令 米連邦地裁が判決

朝日新聞
米地裁、米政府にジュゴン調査命じる 普天間移設めぐり

読売新聞
ジュゴン巡る米連邦地裁命令、官房長官「コメントせず」


中日新聞
ジュゴンへの影響考慮を普天埋設で米地裁命令
  

Posted by shinakosan at 02:57Comments(2)TrackBack(0)ニュースの箱

2008年01月18日

環境アセスって何だよー

行ったよ、県環境影響評価審査会。
本当に行って良かった、最悪だった。



まず、「環境アセスメント」って言ったら、何か大きな工事とかする時に、ソレが作られたら環境にどういう影響が出るかという事を予測、評価するもさーね、私が行った「審査会」と言うのは、県知事が何か大きな工事する前にやる「アセス」の前に、いわゆる「有識者」に「こういうの作るるらしくて、こういう方法で調査するって言ってるんだけど、どう思うねー?」と聞いて、それに住民の意見も足して「審議会の意見」を作り、知事意見を言う時に見て参考にするための機関。


16日の審査会は、今沖縄の普天間にある米軍基地(アメリカだったら危険だからその周辺に人を住まわさないのに、普天間基地の周りには住宅や学校が沢山ある、米軍のヘリが落ちたのもその辺。言い換えるなら住民が基地を守ってる感じ、かなりヤバイ。)をどかす代わりに辺野古の海の上に基地を作ろうという計画の、その埋め立て部分について話し合う最後の日だった。


その審査をするために、事業者の「沖縄防衛局」は「どんな方法で何のために環境アセスメントをやりまーす」という方法書を審査会に提出して審議してもらうんだけど、これがかなりありえんくて、最初は7ページの事業の目的と内容だったのに、後から「あ、そういえばコレも!」と言って150ページ追加してきた(え、21倍?)。 しかもこの日は防衛局の人誰も出席していないし。


沖縄防衛局が何か言う度に新情報が出るので、審議委員達は「なんかコレ?後出しじゃんけんか?」嘆いて、副会長は「事業者は、本当はちゃんと決まってることがあるんでしょう?全部言いなさい。」と振り回されてることに苛立っていた。委員会で「OK」が出そうなこと並べておいて「あ、もう一個!」とかで「沖縄のビーチの砂全部取りますプラン」とか追加するんだよ、インチキじゃん?っていうか小学生か?


委員の一人が「もうこんなんだったら、手続きをやり直させませんか?」と言ったので傍聴席から拍手が起こり、そしたら沖縄県「環境政策課」」の人が顔を真っ赤にして怒って「法律でそういうことは出来ない!」と言い出した。むーちーびーさで寒い日だったのに審査会の部屋の中は熱気で汗ばむほどだった。


そこでやっぱり「ちょっと待った!」を言ったのは、あのイケイケ建築士、真喜志さん。皆彼が出てくると「今日は何を言い出すのだろう?」という期待で胸が高鳴る。彼は資料を配ると、「環境アセス法第28条に軽微な修正の場合を除き方法書の出し直しを求めることが出来るとあります!」とガツンと言った。


そしたら県環境政策課の人は荒げたい声を押し殺し「アセス法の解釈上、法的強制力を持たせた書き直しは出来ない」と言い、しかも「環境省もそう言ってた」と日本政府がバックについてることを自慢しはじめた。だからなんだ、法律の問題じゃないのか?


ちなみに環境影響調査法第5章対象事業の内容の修正等(事業内容の修正の場合の環境影響評価その他の手続)の第28条っていうのは、「事業者は、第7条の規定による公告を行ってから前条の規定による公告を行うまでの間に第5条第1項第2号に掲げる事項を修正しようとする場合(第21条第1項又は第25条第1項の規定の適用を受ける場合を除く。)において、当該修正後の事業が対象事業に該当するときは、当該修正後の事業について、第5条から前条までの規定による環境影響評価その他の手続を経なければならない。ただし、当該事項の修正が事業規模の縮小、政令で定める軽微な修正その他の政令で定める修正に該当する場合は、この限りでない」ということ。


それから、環境庁編集の逐条解説152ページには「環境の保全上の問題の少ない事業案を提示し、後から環境の保全上の問題の大きい事業暗に変更することを認めることは、制度の意義を著しく損なうこととなる。したがって、このような場合に、手続きの再実施を義務付けることが必要になる。」と書いてる。


(そういえば前回の日記にも色々書いたからそれも読んで☆「軽微」とか「20%未満」っていう曖昧ゾーンの解釈でもめていた。どう考えても沖縄の砂全部取るのは「軽微」じゃないんだけどね。)


だから、つまり法律を間違って解釈しない限り「はー?沖縄の砂浜無くすのが悪いばー?埋立地の計画は変わってんからいいやっしー!」とはいえないでしょう、普通に考えたら法的強制力を持って書き直しを要求できる、そうでしょう?でも私がタカアンドトシ風に「小学生か!」と突っ込みを入れたい方法方を、アセス審査会は「全然駄目、いったーの方法書は法律違反だから書き直せー」とは言わず「事業内容がある程度想定できる現段階で書き直すべきだ」とした。


「なんでー?書き直せるからいいさー」と思った皆さん、「法的に書き直しを要求する」のと「自主的に書き直してください」とでは雲泥の差があるのをご存知か。それは「公告縦覧」!


「公告縦覧」は環境アセスで一番大事な「住民の意見を聞く」ってことで「公告縦覧」の間は、学者でもショップ店員でも学生でもニートでも、メモ用紙1行でも、原稿用紙500枚でも何でもいいから直接言いたいことを「物申す」事が出来る機会。「有識者とて万能じゃない(現にアセス法第28条を言ったのは委員じゃなくて真喜志さんだし)わけだし、私達国民は主権者なんだし、ここは一つびしっと言わせてもらうよー」という大事な機会を貰えないということ、これは一大事!


委員のなかには命を削って真剣に考えてるよなーって人もいれば、「法に従うようにやりましょう」とか、私が考える「委員」とはかけ離れた発言を繰り返す人もいた。委員が考えるのは「どうやって無難に行くか」じゃなくて、「アセスはコレでいいかどうか」じゃないの?顔も名前も出して委員をやるのは大変かもしれないけど、引き受けた以上誰の顔も見ないで、自分のキャリアと人生を掛けてプライドを持った審議をしてくれよ。これは「今」の問題じゃなくて「未来」の問題だぜー。 人は「結構形式的にアセスをやる審査委員もいるけど今回はいい方」なんて言うけど素人で環境影響評価の現実を知らない私にとってはとてもじゃないけどぬぐえない「違和感」を感じた。

事業者がアセスを話すとき、もうすでに何かを作ることが決まってる。どうしてもソレをやらないといけない(得意の圧力か?)事業者は何としてでもアセスをやって「問題ない」というデータを出して工事に着手する。その為の形式的なアセス。アセスのおかげで覆ったケースなんてない、だけどアセスのプロセス踏む以上、しっかり頼む、だってこの形式行事にかかるお金はモチロン税金ですから!はい、ここ怒るところです。


傍聴者の中に、「これはとりあえずは方法書を書き直させられるんだからましな、いや、良い答えだよ」と言う人がいた、確かにそうかもしれない。一番悪いシーンは避けられた。


さて、これからどうなるか、知事はなんと言うだろうか。
おい仲井眞、沖縄のビーチはまでは売らんでよー。













えっと、終わろうと思ったけどもう一言だけ。

今回初めて審査会を傍聴して、傍聴席のパワーなるものを感じて身震いがした。サッカーのサポーターの様な、一歩間違えばフーリガンと化することも出来るような(傍聴者心得の紙が配られていて、それに「刃物、棒、プラカード、旗、拡声器、笛、ラッパ、太鼓等を審査会場へ持ち込まないこと」とあった。ラッパってうける)真剣なまなざしを審査会に投げかけ、県の「環境政策課」の人たちにじりじり詰め寄る空気を漂わせるのはオーディエンスだ。昨日の傍聴者が一人でも欠けていたらあの結果は導き出せなかったかもしれない。本当にすごいオーラだった、大勢の中のたった一人だったけど、あの一員になれてよかった。
  

Posted by shinakosan at 11:38Comments(5)TrackBack(0)沖縄

2008年01月16日

沖縄から全てのビーチがなくなります

はじめて『環境アセスメント』という言葉を教科書で勉強した時、私の胸は高鳴った。「そうか、これからは環境に配慮して経済が作られていくのか」と単純に嬉しかった。しかし今、私をときめかせた『環境アセス』は辺野古に基地を作るための『道具』に利用されている。

 政府が『環境アセス』をやって『環境に問題ない』という答えを出せば堂々と基地を作ることが出来る。日本はそれをやってのけようとしている。住民だけじゃなく、観光客からも、じゅごんからも、珊瑚からも『海』を奪おうとしている。

 アセス法28条に『方法書作成後に新たに改変があった場合、もう一度改めて方法書を作り直す』というのがある。しかし『例外として軽微な修正に当たるものであれば作り直さなくてもよい』とあり、また『その改変内容が環境に著しく影響を及ぼすと考えられる場合にはその限りではない』という例外の例外がある。

 先日、沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団が、アセスの方法書で明らかになった『修正点』を6つあげた。

1.陸上部も飛行するので、騒音、墜落炎上の危険が増加する事は明らかである。 
2.戦闘機装弾場ができるので、飛行機の墜落による爆発、炎上、山火事の危険が増大する。 
3.洗機場から排出される薬液で、海域が汚染されるおそれが生じる。
4.進入灯の設置により、海草藻場が破壊されジュゴンの回遊が妨げられる。 
5.港湾の可能性があれば、航行によるジュゴンの生息環境への影響が増加する。
6.作業ヤードの位置、サイズにより環境影響が相当な程度を超えて増加する。

環境へのリスクの少ないプランを出した後に『戦闘機装弾場』や『洗機場』や『進入灯』を追加し、軽微な修正だからやり直さないという沖縄防衛局、そして沖縄県。「面積の一切の修正が無いのだから、但し書きされた例外も適用されない、よって法的に方法書のやり直しは不可能」と言い放った。

 先の審査会でもう一つ明らかになったのは、辺野古を埋め立てる為の土取り場の規模。「沖縄近海から1700万㎥の海砂採取」という発言。1700万㎥とはダンプ340万台分の砂だと西脇氏はJANJANに書いている。

 真喜志氏のblogでは「おいおいおい、日本政府は、沖縄の命である砂浜を全て、消すつもりかよ!!沖合いの海底から砂を浚渫すると、数年後に目の前の砂浜が波浪とともに海底に移動し、砂浜が消えていく。砂浜の幅100m、砂の厚さ1mとして消えていく砂浜の延長を計算してみよう。17000000㎡÷100m÷1m=170000m=170km辺野古の埋立にともなって、170kmの砂浜が消える。」とある。

沖縄から白い砂浜が消える、
こんな馬鹿な話があるだろうか。


 基地を容認するうちなーんちゅの政治家も、基地問題を無視して軍用地料を貰う地主も、だんまりを決め込む基地従業員も、目の前の札束に涎を垂らす土建業者も、キャンプハンセンで環境を破壊しながら働く米兵だって「基地建設の為に全部の沖縄のビーチをなくしても良い」とは言わないだろう。というか言えないだろう、言える人がいるだろうか。

 一度でも沖縄の白い砂浜を見たことがある人は、今後沖縄のビーチがどうなるかを考えるべきだ。生態系に影響を与えないはずのない計画だが海砂の採取の環境被害については調査するつもりは特にないという。今この瞬間に「知らなかった」「忙しい」「分かりにくい」「面倒くさい」「仕方がない」「時間がない」等の理由で思考を始めなかったら、2014年には沖縄から全てのビーチがなくなるだろう。

では、
私やあなたに何が出来るか。


 今日、1月16日水曜日、午後6時から首里石嶺の沖縄県総合福祉センターで開かれる『辺野古基地建設にかかるアセス審査会』に出席し『アセス法28条』に則って方法書のやり直しを求めること。これしかない。私は行く、行って誰が沖縄の砂浜を無くしても良いといっているのかこの目で確かめなければいけない。どんな部屋の中で誰がどのような服を着てどのような声で何を話すのか、それがどのような影響力を持つのか。私は見なくてはいけないと思った。

 『青い海、白い砂浜、沖縄』というキャッチコピーを聞いたことがある人、夏はビーチパーティーを楽しむ人、世界屈指のビーチサッカーの拠点を失いたくない人、ビーチラグビーをする人、毎年浜下りをする人、初日の出を海で見た人、マリーンスポーツショップを経営している人、浜に寝そべって日焼けをする人、ビーチで踊る人、ダイバー、サーファー、ボディボーダー、海岸でナンパを楽しむ人、ビーチバレーが趣味の人、ビーチフラッグが上手い人、ビーチで結婚写真を撮る人、遠足に海に行く高校生、ビーチクリーンアップ作戦に参加したことがある人、今年の海開きを楽しみにしてる人、浜で犬を散歩させる人、ビーチでジョギングする人、砂浜に座って夕日を眺めたことがある人、海岸でキャンプする人、ビーチサンダルを愛用している人。
 
 これは上記に該当する人全ての問題だ。当てはまる人は今日沖縄県総合福祉センターに行こう。知らないところで行われたことを、後日新聞報道で知って怒るのではなく、『その場』を抑えよう。県と沖縄防衛局は今日の審査会をはぐらかしたり押し切ったりすることが出来ればこの方法書でアセスをできる、よってこれが最後のチャンスだ。今日の6時に沖縄の海の未来が決まる。

『辺野古基地建設にかかるアセス審査会』
に行こう
 
 
 環境破壊が懸念され、地球をどうやったら守れるかを地球レベルで検討している時代に、京都議定書をやった日本が沖縄でやろうとしていることは一体何なのか、人工的に自国海上に外国の基地を税金を使って作り、基地建設の為に島中の砂浜を無くすということが現実に起きようとしている、ここ沖縄で。

皆さん会場で会いましょう。




参考記事:
JANJAN市民新聞
ダンプ340万台分の県内海砂で埋立を計画 普天間代替・辺野古アセス
http://www.news.janjan.jp/area/0801/0801138855/1.php
沖縄・辺野古海上基地の問題を中心に maxi's_page
方法書からやり直せ
http://blogs.yahoo.co.jp/okinawa_maxi


  

Posted by shinakosan at 04:33Comments(2)TrackBack(3)沖縄

2008年01月10日

基地と犯罪

米兵がタクシー運転手に暴行

 タクシー代金を支払わずに、運転手に暴行し逃走したとして、沖縄県警沖縄署は7日、強盗致傷の疑いで、米軍普天間航空基地所属の海兵隊伍長ジョセフ・ウェイン・リドル容疑者(20)と海兵隊一等兵の少年(19)を逮捕した。調べによると、2人は7日午前3時すぎ、沖縄県北谷町キャンプ瑞慶覧のゲート前からタクシーに乗車。沖縄市美原の路上で降りた際、瓶と角材のようなもので運転手の男性(59)の頭などを殴り、2780円の料金を払わず逃走した疑い。運転手は一週間のけが。 



私が11年住んでた街でまたこんな事件が起こりました。1月8日の琉球新報朝刊に「乗務員が社外に逃げた後も一人が瓶もう一人が棒の様なものを持ち、二人がかりで追い回しながら暴行を加えた」と書いてありました。 明け方に、二人の若い米兵に追いかけられて瓶や棒で殴られる59歳タクシードライバー。という「私」の姿を想像してみました。とても苦しくなりました。沖縄でタクシー持ちたかったらこんなリスクを背負う覚悟がないといけない。

このニュースの反応に、「そうは言っても沖縄経済は基地依存だから文句言えない」というのがありました。沖縄が「ムチ」と呼ばれる米軍基地と引き換えに、「アメ」と呼ばれる莫大なお金をもらっているのは確かです。 それに米軍基地が雇用しているオキナワンも、軍用地料で生計を立てているオキナワンもものすごく沢山いるの知っています。基地が「ある」ことから生まれる、沢山の人生があるのを知っているし、私も経験しています。

けど、それが何故「米兵犯罪を容認しないと」とか、「目くじらを立てすぎる」という意見につながるのかが不思議です。日本政府が代わりに払う土地代や給料を「口止め料」と解釈するのがいわゆる「大人の常識」なのでしょうか。 安保とか地政学とか漢字が沢山でてくる話も面白いけど、もっと「生活者」の視点から基地を感じることも大事だと思います。実際に被害にあった人、あっている人の声を聞くことは基地を語る上で重要な鍵だと思います。日米政府は「生活者」に声を与えないで「麻痺」させ「飴と鞭システム」に組み込んでオキナワンを「麻薬中毒」状態にしたいのです。それができれば米軍基地は「素敵」で「ありがたい」ものになれますもの。

それから米軍基地が文化遺産的に扱われるのはショックです。沖縄は基地が作られるはるか昔からあるのに、戦後の沖縄だけを見て「基地がないと生きていけないくせに」と言われると大変微妙な気持ちになります。 「基地は失くせない」と思ってる人が県内にもたくさんいるのにも驚かされます。「おもろまち」で遊びながら、「基地はどうせなくならない」と言う人たちが沢山います、新都心も最近まで米軍基地だった場所だのになあ。

そうは言っても、63歳以下のオキナワンは、生まれる前から「当たり前」に存在する米軍基地と暮らしてるのだから「諦め」や「依存心」を持ってても仕方ないと思うこともあります。「麻痺」した方が楽ですもの。 でもこういう事件が起こる時こそ「私にも起こるかも」と考えて「あいやーアメリカーよー」から一歩踏み込んだ反応をしたいものです。米兵を責めるだけじゃなくシステムの問題としてを考える方がいいと思います。

1月9日の新報社会面に、被害男性の頭部の傷や、事件当時着ていたシャツに血がべっとりついている写真が掲載されています。「殺されると思った」と語る彼の姿、一度見た方が良いと思います。百聞は一見にしかずです。 彼は執拗な暴行の末、差し歯10本を折られ、頭裂傷を3針縫い、左手は上がらないようで、一週間以上は職場復帰が困難だそうです。この場合医療費や生活費は誰が払うのでしょうか。米軍?日本?それとも自己負担? 「そういう事件を起こすのは個人であって、軍に責任を求めるのはおかしい」と言う人もいるかもしれません。しかしこれは個人の問題でありシステムの問題だと思います。基地がなければ起こらなかった事件です。

同じく1月9日琉球新報の社会面に、3年前那覇で自衛隊員に傘で刺され、48歳の若さで亡くなった私の元上司の遺族が、原受刑者の責任を問う損害賠償請求の提訴に踏み切ったという記事も載っていました。 逮捕前「おれは人を殺すことを何とも思っていない」と語った犯人の事を知り、本当は「一人の人間をこういう風に育てたということと向き合って欲しい」と自衛隊組織の責任を問う国家賠償訴訟を起こしたかったと話す妻。

犯罪を起こしたのは犯罪者個人です。心優しく犯罪には無縁の兵士だっています、いえ、むしろそちらの方が多いのです。個人のために「軍」全体が非難されることに憤りを感じている関係者も多いかもしれません。 しかし基地というシステムは犯罪を起こす可能性がある個人に「物理的な力」と「屈折した精神」を与えるものだということを私たちは果たして否定できるでしょうか。基地との因果関係がないと言い切れるでしょうか。

昨日は辺野古で市民団体のダイバーのタンクバルブが那覇防衛局が委託した業者の潜水作業者によって閉められるという事件も起きました。業者の皆さんは暴力で市民を抑えなくてはならないほど追い詰められています。 「日本政府は民間人を暴力と関係させてまで米軍のために基地を建設しなくてはならない」という構図です。そしてその基地とは冒頭の様な事件を起こす「システム」です。これを悪循環と呼ぶのではないでしょうか。 基地があり続ける限り絶対になくなることのない「犯罪」があります。日米政府は私たちの安全を守るという名目で私たちの安全を脅かしています。



次の被害者は一体誰でしょうか、それはあなたや私かもしれません。
  

Posted by shinakosan at 23:22Comments(2)TrackBack(0)ニュースの箱

2008年01月08日

☆рождение☆

昨日はラジディエーニイでした、27になりました。
去年は『誕生日を祝して一人一つずつshinakosanの好きなところを言いなさい大会』
とか言っちゃってルンルン気分のバースデーでしたが、
今年は正月早々、持ってる財産を詰めれるだけ詰めた鞄をタクシーに置き忘れ、
文字通り「体一つの無一文」で27才をスターとさせなければならず、
その事実をどうしても受け入れられないでずーーーっと凹んでいたけれど、
まー。今日はとてもいいお天気だし、部屋もたっぷりお掃除したし、
何といっても楽しみにしていた「うちなーぐち勉強会」がスタートするし、
心機一転リニューアルして新しいステージを謳歌しようと思います。

それでは皆様。
『忘れ物をしない』と昭和の小学生の様な誓いをたてた私ですが、
今年も自分の心に素直に耳を傾けられるよう留意しながら、
少しずつアレやコレやを完成品に近づけながら、
あわよくば愛とか恋とかに浮き足立ったりしながら、
去年よりは少し自分らしくなれるようにやってみようと思うので、
これからもどうぞ宜しくお願いします☆

あ。そうそうそれから。しばらくは携帯電話もありませんので、
私に御用の方はhotmailiにお願いします。電話に出ないからって怒らないでね☆
  

Posted by shinakosan at 00:27Comments(2)TrackBack(0)本日のshinakosan

2008年01月05日

ピースミュージックフェスタから見た米軍基地




去る2007年2月24日と25日、
辺野古でピースミュージックフェスタがあったそうです。

辺野古というと
映画「ホテルハイビスカス」の撮影に使われた、
人口1,799の小さくのどかな漁村。

でも、のどかなんていうのは本当は嘘で、 
白い砂浜を有刺鉄線が分断して、
あちら側では水陸両用戦車がガンガン走ってる、
そんなところです。

海に目を向ければ、珊瑚は勿論、
浅瀬の藻場は絶滅危惧種ジュゴンの生息地です。
ここは彼らにとって世界最北限の生息地。

そこに作られようとしてるのが「米軍基地」、
環境アセス法にのっとらないご都合主義の環境調査や、
どんな機体が離着陸するかを明かさない報告書、
普天間代替施設といいながらより多くの設備を含んだ設計図、
日本政府は住民の上を戦闘機は飛ばないと言うのに、
「そんなことは不可能だ俺達は言ってない」と米軍、
なんだか怪しいことが辺野古では起こっています。

そういうところでピースミュージックやったんですね。
私はその時ロンドンにいて駆けつけることはできなかったけど、
「合意してないプロジェクト」の仲間達から噂を聞いていました。
「辺野古ですっごぉいミュージックフェスタをやるそうです」という噂を。

出演者は・・・
http://www.peace-music.org/
大城美佐子  【辺野古/沖縄民謡】
ソウル・フラワー・モノノケ・サミット  【大阪/チンドン】
DUTY FREE SHOPP. 【読谷/ミクスチャー】
ドーナル・ラニー with 梅津和時,近藤ヒロミ 【アイルランド/アイリッシュ】
照屋政雄 with 仲本興次 【コザ・山原/沖縄民謡】
寿[kotobuki] 【沖縄・広島/沖縄ポップ】
Shaolong To The Sky 【沖縄/ロック】
YOUL & Amina 【ギニア/アフリカン】
COCOTABO 【大宜味/レゲエ】
ノマ アキコ[GO!GO!7188] 【鹿児島/ポップス】
TRINITY club BAND 【那覇/レゲエ】
うつみようこ 【大阪/ロック】
Cyclub★【大阪/ロック】
勢理客オーケストラ 【浦添/ジャズ】
U-DOU & PLATY【コザ・東風平/レゲエ】
NANJAMAN【横浜/レゲエ】
琉球LION【那覇/レゲエ】
ソウル・フラワー・ユニオン【大阪/ロック】
渋さ知らず【東京/オルタナティブ】
KACHIMBA1551【宜野湾/サルサ】
新良幸人【石垣・八重山/民謡】
PAPA U-Gee with ZION HIGH PLAYAZ【静岡/レゲエ】
カクマクシャカ【具志川/ヒップホップ】
KZ[G.A.C] 【糸満/ヒップホップ】
King Jam Session【浦添/レゲエ】
山原Ragga兄弟【名護/レゲエ】
花バンド【名護/民謡ポップ】

私の好きなKACHIMBA1551やU-DOU & PLATYや新良幸人も、
最近気になってるカクマクシャカやDUTY FREE SHOPPも、
出ていたんですねー、すごいなー、贅沢だなー。

さて、話を本題に持っていきますけど、
先日琉球新報の記者がピースミュージック出演者で
アイリッシュ音楽の代表的ミュージシャン、
ドーナル・ラニーさんの取材をしたいと言うことで、
何故か私を通訳に呼んでくださったので行ってきました。

沖縄の米軍基地近くに住居を構えるドーナルさんは、
米国本土では厳しく守られている安全基準を守らず、
我が物顔で沖縄上空を飛び回る戦闘機に疑問と危機感を感じ、
米軍に対して抗議文を出したということでした。
ピースミュージックに端を発する米軍基地を見つめる視線は、
ドーナルさんの生活そのものになっている、そんな気がしました。

「占領意識丸出しのダブルスタンダード、
それに麻痺してしまった沖縄県の大人たち、
だけど道を歩きながら両手で耳をふさぐ子供の姿を見て、
やっぱりどうしても堪えきれなくて、
私は手紙を書いたのです。」と言っていました。

曖昧な軍事用語にウィットのきいた批判を投げかけたり、
とても丁寧に沖縄の異常性を説明したり、
同時に沖縄の素晴らしさを的確に表現したり、
本当にアーティスティクなインタビューでした。

ドーナルさんのパートナーで、
ピースミュージックフェスタの主催者でもある、
ソウル・フラワー・ユニオンの伊丹英子さんにも会えたので、
本当にすごくラッキーでした。
しかも、ピースミュージックフェスタのDVDまでいただいて、
早速見てみたらこれがまた素晴らしかった。

音楽の持つ力、それを芸術家としてどう使うのか、
そこには真剣で普遍的で暖かくてのびのびとした、
砂浜に転がる有刺鉄線までもを包み込むような、
いくつもの音がありました、それはまさに音楽でした。

今年はピースミュージックフェスタは東京で行われるそう。
音楽に乗せて地球全体で辺野古の海を守るムードが
広まったらいいのになぁと思いました。

去年はCoccoとか、インリンオブジョイトイとか、UAとかも、
辺野古に来ていたんですから、
どんどん色んな点を線にしていって、
ちんぷんかんぷんな政治のあれこれに惑わされず、
あの海を見て「美しい」と思ったり、
あの戦闘機の爆音を聞いて「うるさい」と思ったり、
基地は「危ない」と思ったり、
そういう人間の本質的なところから米軍基地を見て、
そして「だめです、いりません」
と言える人と沢山つながっていけたらなと、
そんな風に思いました。





ドーナル・ラニー
(Dónal Lunny、1947年3月10日-)は、アイルランドの音楽家。ブズーキ奏者、ギタリスト、キーボーディスト、プロデューサーなど多方面で活躍する、アイルランド音楽の代表的存在。とりわけ、本来ギリシャの民族楽器だったブズーキを、アイルランド音楽に定着させた功績は大きい。  

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2008年01月04日

沖縄と正月



いつの頃からか「新正月」という言い方をしなくなって、
太陽暦の1月1日を「正月」と呼ぶのが一般的になりました。
太陰暦の1月1日で「正月」を祝っていた沖縄、
昭和31年から琉球政府が「新生活運動」で「新正月」に力を入れたことから、
二回お年玉がもらえる「新正月」「旧正月」併用制度を経て、
2008年では「新正月」が主流になってます。
まだ糸満あたりは「旧正月」に学校が休みになるのですごい。
祖母曰く「昔は沖縄は豚肉を食べるのが正月」だったそうです。
600年くらい前に中国から伝わった、
普段はめったに口にできない豚を「泣き声以外は食っちゃうぞ」精神で、
文字通り耳から足から血から内臓から尻尾にいたるまで余すことなく、
20日も続く「旧正月」の間大事に食べたそうです。

私の家では中味汁、三枚肉、ラフテー、ミミガーなどを作って食べました。
豚肉以外には昆布やごぼうや、田芋なんかも食べました。
「正月」ならではのご馳走が並ぶと本当にハッピーな気分になりますね。

だけど、
行事ごとに感じる「違和感」をまたまた感じてしまいました。
一番座で朝から飲んで、食べて、笑う男性陣。
キッチンで朝から作って、食べて、笑って、片付ける女性陣、
女性陣の中の、やらないといけない人、やらなくてもいい人。
この構図、「伝統」と言う名の差別の温床に「正月」早々イラっとしました。
掃除をしたり料理をしたりおもてなしをしたりすることを面倒だとは思いません、
私の努力で誰かが助かったり誰かが楽しくなるなら努力したいです。
だけど何故「酒持って来い」と上から目線で言われなくてはいけないのでしょうか?
何故誰も「ちょっと待って。それはないだろう。」を言わないのでしょうか?

伝統文化がいつ誰の手で始められたのか、それが気になります。
「男尊女卑」を訴えると「これは伝統だ」と押し込められる2008年。
日本のフェミニズムの崩壊や、昨今の「品格」ブーム、
格差社会の底辺にいる搾取される側が周縁者として過剰反応をする現状。
特に沖縄の門中ありきの家長制度は悪ふざけが過ぎると思います。
「伝統」と「人権」を両立させようと思わない人々、
しかし、それは卑怯です。
「正月」労働を強いられる女性達の求めているものは、
キッチンで一緒になって3日も前から豚を仕込むことじゃなくて、
はたまた「正月」制度の廃止でもなくて、
もっと簡単なこと、例えば、一番座の皆さんから発せられる
「お箸持ってきてください」とか、
「このミミガー美味しい、ありがとう」とか、
そういうリスペクトを含んだ言葉なんだと私は思いますけどどうでしょうか。

ただ働きは、自発的だとボランティアだけど強要されると労働奴隷です。
「正月」という制度を維持して「伝統」を継承したいなら、
男性陣や働かなくて良いポジションにいる女性陣は、
働かなくてはいけない女性陣に対してリスペクトをあげるべきじゃないでしょうか?

議論はしたくない人にとっては不必要なもの、
議論を避けるために発砲される、
「若い人はこれだから」「結婚したらもっと大変」「欧米か!」
という言葉に、深く根を張る複合差別を見ることができます。
「伝統」と「差別」の重なったところをどう扱うかを、
「正月」を形成する色んなポジションの人たちで確認したかったけど、
今年は失敗に終わりました。
また来年、今度はイラっとする前の余裕のある頭で挑みたいと思います。

それでは、「正月」早々イラっとする不甲斐ない私ではありますが、
今年もどうぞよろしくお願いします。
  

Posted by shinakosan at 22:18Comments(0)TrackBack(0)沖縄

2008年01月04日

alive in live


CHAGE and ASKA Concert Tour 2007
国立代々木競技場第一体育館, Tokyo JAPAN

if
river
天気予報の恋人
Here & There
好きになる
パラシュートの部屋で
紫陽花と向日葵
僕はこの瞳で嘘をつく
Hang Up the Phone
終章〜エピローグ〜
Man and Woman
YAH YAH YAH
One Day
higher ground
RED HILL
NとLの野球帽
ロケットの樹の下で
世界にMerry X'mas
SAY YES



昔から好きなものを好きと公言するのが苦手だった。
好きを宣言した瞬間から私のアイデンティティが一つ確立してしまう。
戦略的に「○○が好きな私」を演出するのは得意でも、
本質的に私の心に根を張るものを口に出すことがどうしても出来なかった。
何かを「好き」だと認めてしまうことは、
何かの全てを背負うことだと、どこかで自分に課している自分がいる。
誰がその観念を私に植え付けたのだろう、七面倒臭いなぁ。
好きな人の話は今でもしない、
好きな人の話で盛り上がる女の子たちを羨ましい様な羨ましくないような、
複雑な気持ちで見つめていた小学生の頃の自分を思い出した。
けれども自分の中で欧米化が進むにつれ、
自己を表現したい欲求が膨らみ「好き」をだんだん発表したくなった。
それはmixiだったり論文だったりそういうことに力を注ぐという形で、
なんとなくしっくりと私の体にまとわりついてくれたので、
今度はこーゆーのも言ってみようという魂胆。七面倒くさい私です。
えっと。つまり、チャゲアンドアスカのコンサートに行ってきました。
すごく好きなんです。それだけです。チャンチャン。
  

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2008年01月04日

強制が関与になる瞬間

沖縄自決「日本軍関与」が復活
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=371827&media_id=2


えっと、最初は「日本軍の強制」であったわけで、
そもそも「日本軍の関与」ではありませんでした、
よってこの記事のタイトル間違ってますねー。
毎日jpしっかりしてよね。
それとも見出し作ってるのはmixiか?




清水書院日本史B
日本軍に集団自決を強制された人もいた
 ↓ (このフレーズに文部科学省の検定意見がついた)
集団自決に追い込まれた人々もいた
 ↓ (検定を通すため主語を省き誰が追い込んだかを曖昧にした)
日本軍の強制によって集団自決に追い込まれた人々もいた
 ↓ (訂正を認めるということで出版社が再提出したバージョン)
日本軍の関与のもと配布された
手榴弾などを用いた集団自決に追い込まれた人々もいた
    (今回最終的に決まったバージョン、強制が関与という言葉に)






あのぶっとい教科書の中のたかだかワンフレーズ、
そこをほんのちょっとだけ、ちょこっとだけいじる事で、
沖縄戦の歴史は変わった、変えられた。
学問の基礎を教える学校教育を司る文部科学省が、
学問とは関係ない政治のパワーを使って教科書を変えるというお話です。

アカデミアやオーラルヒストリーやサバイバーを完全に無視して、
「沖縄県民の思いを重く受け止めなければいけない」って、
福田は彼の流行語を何回も繰り返したくせに、
結局は「日本軍強制」の記述を省かせたというわけです。


【強制】威力・権力で人の自由意志を押させつけ、
     無理にさせること。無理じい。
【関与】ある物事に関係すること。かかわること。

↑広辞苑の定義はこんな感じ。
 日本政府はあえて「関与」というワードを使わせた。
 でも文部科学省は語彙の定義をしていない。


仲井眞とか仲里とかは「まずまずの配慮」とか言ってるけど、
なぜそもそも戦争体験者が妥協しないといけないんだよ。
たった二つの漢字だけど、そうやって沖縄戦が薄められていくのは、
沖縄戦が口当たりの良いものにされていくのはすごく困ります。

何回かmixiにも書いたけど、ポイントは
「戦争は自国軍が自国民を殺したりもしますよ」ってこと。
そこをクリアにしたら「国民を守ります」とか言いながら、
国民をたくさん殺しちゃう戦争を安易にサポートできなくなる。
沖縄はそういうことを言おうとしている、
「沖縄は同情を欲してる」みたいな報道とかはうんざりです。

軍国教育までしておいて、手榴弾まで渡しておいて、
「結果的には関ったことには間違いないだろう」
みたいな感じで曖昧に責任転換されてはたまらない。
コメント差し控えてる場合じゃないだろ、渡海!
「文科省としての反省点は整理していない」だって?

琉球新報(2007.12.27朝刊7面)に「集団自決」をめぐる書く教科書の検定過程
という見出しで検定意見や訂正理由など出版社別で明確に表にしてあったので、
興味ある方はチラリと読んでみて下さい。
「人vs人々」「強いられるvs追いつめられる」等、いちいち分析していくと
教科書問題の全体像が浮かんできます、それを見て欲しい。
(それにしても教科書会社もある意味大変だ。)

昨日は岡山県津山市で検定意見の撤回を求める意見書が可決しました。
文科省は無難にフェイドアウトできたつもりでいるかもしれないけど、
ちっとも状況が変わっていない以上、まだまだ沖縄はこだわりますよ。
頭をクリアにしてモチベーションをキープするのは難しい、
だけどやっぱり怒らないといけないポイントは沖縄にもあるんです。
  

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