2008年02月29日
なんだばー、かんだばー。
なんだばー、かんだばー。
2月26日、県議会。
仲井眞県知事の発言。
「アジア太平洋の安全と女性の安全は選択できるものではない。」
えーおじー、やーは県知事だろー、しっかりしれー。
何でアジア太平洋の安全と女性の安全を天秤にかけるわけ?
両方目指すって言えばいいやっしー、ふらーやんにー、
仲井眞って本当にうちなーんちゅか?
…ごっほん。取り乱しました。
それにしても酷くない?
何故に二者択一?
私たちって基地かレイプか選ばんといけんわけ?
なんだばー?
間髪いれずに「あきさみよー」を言ったのは社大党議員の、比嘉京子
「言葉で少女をセカンドレイプしている」ってバシッと斬ったわけ。
こんな人がいてくれて良かったー、にふぇーでーびたん!と、
そう思ったんだけどさー、それが最悪な展開に!
2月27日琉球新報社会面、
「不穏当発言で一時懲罰動議-県議会与野党分裂避け収拾」とある。
社大党の喜納昌春が与党派の部屋を訪れ頭を下げ事態が収拾って書いてる、
なんできちんと批判してあげた人たちが、
不適切発言の知事や与党に頭下げんといけんばー?
なんだばー?
一応県民大会もあることだし「仲良くやろーぜー」という事みたいだけど、
なんかおかしくない?
なんだばー?
えーひゃー、沖縄のおっさんたーよー、
泡盛飲みながらでいいからもうちょっと勉強しれよー!
いったーが築いた社会で起こってるばーよ、このレイプもセカンドレイプも!
これが26日さーねー、26日は沖縄のおっさん批判をやったので、
だー、27日はアメリカーおっさんを批判しようねー。
27日はさー、
平和市民連絡会が浦添にある財沖米総領事館に抗議に行ったみたいだわけ。
同じく琉球新報2月28日の社会面に書いてあったんだけどさー、
在沖米総領事のケビン・メアよー、
「多忙で時間が取れない」って言って会わんかったくせにさー、
領事館のすぐ後ろのバークレーズコートで昼ご飯食べてるわけ、
しかもご飯の後はスターバックスでコーヒーも飲んでるわけよー。
なんだばー?
しかもさー、面会しなかった理由を追及されてからさー、
抗議文を渡そうとした平良夏芽が前に公務執行妨害容疑で逮捕されたことを挙げて
「不当な抗議行動をする方と会っても冷静な議論はできない」
って言うわけさー。
容疑をかけられてパクらって、
何もやってんから当たり前、
罪にも問われないですぐ釈放された人を、
「逮捕暦があるから」と言って邪険にするばー?有罪でもないのに?
っていうかじゃー最初から「逮捕された人とは会えない」って言え、
なんで「多忙」とか嘘つくばー、しかもスタバるばー?
アメリカーは人権問題にはうるさい国と思ってたけど違うんだねー。
じゃー、もーわじわじーついでに言うけどさー、
いったーのブッシュという大統領よー、
飲酒運転、窃盗、治安紊乱、コカイン所持ってから、
何回も逮捕されてるさーねー、あれはどうだわけ?
しかも容疑じゃないよー、あれはちゃんと罪を認めて罰金払ってるよー。
(コカイン所持はパパブッシュがもみ消したとかで騒動になったよね。)
やーはブッシュとも会わんばー?っていうか絶対会うなよー。
なんだばー?
…嗚呼またしても取り乱しました、ごめんなさい。
なんか怒ってばっかりねー、私。
怒る要素がありすぎるんだよー、助けてくれー。
なんだばー、かんだばー。
2月26日、県議会。
仲井眞県知事の発言。
「アジア太平洋の安全と女性の安全は選択できるものではない。」
えーおじー、やーは県知事だろー、しっかりしれー。
何でアジア太平洋の安全と女性の安全を天秤にかけるわけ?
両方目指すって言えばいいやっしー、ふらーやんにー、
仲井眞って本当にうちなーんちゅか?
…ごっほん。取り乱しました。
それにしても酷くない?
何故に二者択一?
私たちって基地かレイプか選ばんといけんわけ?
なんだばー?
間髪いれずに「あきさみよー」を言ったのは社大党議員の、比嘉京子
「言葉で少女をセカンドレイプしている」ってバシッと斬ったわけ。
こんな人がいてくれて良かったー、にふぇーでーびたん!と、
そう思ったんだけどさー、それが最悪な展開に!
2月27日琉球新報社会面、
「不穏当発言で一時懲罰動議-県議会与野党分裂避け収拾」とある。
社大党の喜納昌春が与党派の部屋を訪れ頭を下げ事態が収拾って書いてる、
なんできちんと批判してあげた人たちが、
不適切発言の知事や与党に頭下げんといけんばー?
なんだばー?
一応県民大会もあることだし「仲良くやろーぜー」という事みたいだけど、
なんかおかしくない?
なんだばー?
えーひゃー、沖縄のおっさんたーよー、
泡盛飲みながらでいいからもうちょっと勉強しれよー!
いったーが築いた社会で起こってるばーよ、このレイプもセカンドレイプも!
これが26日さーねー、26日は沖縄のおっさん批判をやったので、
だー、27日はアメリカーおっさんを批判しようねー。
27日はさー、
平和市民連絡会が浦添にある財沖米総領事館に抗議に行ったみたいだわけ。
同じく琉球新報2月28日の社会面に書いてあったんだけどさー、
在沖米総領事のケビン・メアよー、
「多忙で時間が取れない」って言って会わんかったくせにさー、
領事館のすぐ後ろのバークレーズコートで昼ご飯食べてるわけ、
しかもご飯の後はスターバックスでコーヒーも飲んでるわけよー。
なんだばー?
しかもさー、面会しなかった理由を追及されてからさー、
抗議文を渡そうとした平良夏芽が前に公務執行妨害容疑で逮捕されたことを挙げて
「不当な抗議行動をする方と会っても冷静な議論はできない」
って言うわけさー。
容疑をかけられてパクらって、
何もやってんから当たり前、
罪にも問われないですぐ釈放された人を、
「逮捕暦があるから」と言って邪険にするばー?有罪でもないのに?
っていうかじゃー最初から「逮捕された人とは会えない」って言え、
なんで「多忙」とか嘘つくばー、しかもスタバるばー?
アメリカーは人権問題にはうるさい国と思ってたけど違うんだねー。
じゃー、もーわじわじーついでに言うけどさー、
いったーのブッシュという大統領よー、
飲酒運転、窃盗、治安紊乱、コカイン所持ってから、
何回も逮捕されてるさーねー、あれはどうだわけ?
しかも容疑じゃないよー、あれはちゃんと罪を認めて罰金払ってるよー。
(コカイン所持はパパブッシュがもみ消したとかで騒動になったよね。)
やーはブッシュとも会わんばー?っていうか絶対会うなよー。
なんだばー?
…嗚呼またしても取り乱しました、ごめんなさい。
なんか怒ってばっかりねー、私。
怒る要素がありすぎるんだよー、助けてくれー。
なんだばー、かんだばー。
2008年02月22日
「蓋」
米陸軍兵が比女性暴行 県警、近く逮捕状
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200802211300_01.html
私だってデートの話や海に行った話や、
おばーちゃんと話したことや、
今日一番笑った事について日記を書きたい。
無理に思考を開始されたくない。
臭い物に蓋が出来るならそうしたい、
でも私にはその「蓋」がもうない。
少女暴行事件で再発防止を誓ったのは何だったのか。
倫理教育や外出禁止で綱紀粛正をすると言ったのは嘘だったのか。
今月18日にまたしても女性暴行事件が起きていた。
10日の少女の事件からたった8日後の出来事だった。
被害者のフィリピン人女性は怪我を負い入院しているという。
容疑者の身柄は米軍側にある、
沖縄の、フェンスのこちら側で起こった事件、
なのに私たちがこの事件を耳にしたのは今日になってから。
2月10日 海兵隊二等軍曹による女子中学生暴行事件、
2月17日 嘉手納基地所属の空軍二等軍曹による酒酔い運転、
2月18日 キャンプシュワブ所属の海兵隊伍長が住宅進入、
2月18日 フィリピン人女性に対する暴行致傷事件。
「無期限」と発表された外出禁止令は、
20日から25日までたったの5日で解除になる。
解除後には兵士たちの心待ちにするペイデイ(給料日)がある。
琉球新報で外務省関係者が
「映画にも行けないなど、
外出禁止は米兵にとってとても厳しい措置だ。
一ヶ月も続けていたら人権問題になる」
と禁止措置が長期間にならない背景を解説したとある。
もしこの記事が本当だとしたら、
上記のように思考し解説したその方に問いたい、
「それでは、暴行を受けた少女やフィリピン人女性や、
酒酔い運転車両の隣を歩いていた人々や、
住宅に侵入された人たちの、
そしていつ米軍犯罪の被害者になっても不思議ではない私の、
その「人権」というものは一体どこにありますか?」と。
基地を沖縄に置くその最高責任者であるはずの、
ブッシュ大統領は事件に対するコメントを出していない。
基地を沖縄に置くその最高責任者であるはずの、
福田総理大臣は沖縄に来て問題解決に努めようとはしない。
神経をすり減らし対策を練って声を枯らして再発防止を叫ぶのは、
そして絶え間なく続く事件の度に、心の傷を抉り返され涙を流し、
怒りに震えたり、行動を迫られたり、罵られたり、
あるいは神経を麻痺させ、不感症であるよう反応させられるのは、
米軍犯罪者の被害者であり、リスクを背負った「蓋」を持たない住民だ。
「蓋」を持つ支配者と「蓋」を持たない被支配者。
私が生きてるのは彼らが第三国と表現する国でも、
悪の枢軸と呼ぶ国でもない、60数年前に民主化されたと言われる、
基本的人権、国民主権、平和主義を原理とした憲法を持ち、
GDP世界第二位の経済大国の法治国家、2008年の日本という国だ。
けれど気が遠くなるほど昔にロックが謳った基本的人権も、
2008年の先進国が持つその「蓋」の上だけに存在することを、
私は見てしまったのかもしれない。
「蓋」を持つ誰の言葉も信じられない、
パフォーマンスはもういらない。
もうどう説得されても基地を肯定することは出来ない。
被害者の方のあらゆる傷が一日でも早く癒されて欲しい。
私は彼女を被害にあわせた容疑者を憎いと思う、
そして同時に私は容疑者を輩出するそのシステムを憎いと思う。
そしてそのシステムを維持する「蓋」を持つ支配者を憎いと思う。
構造を解消させることで沖縄は真剣に反応するべきかもしれない。
それは人類館のように「蓋」を持つための努力ではなく、
「蓋」ではなく「入れ物」そのものを崩壊させる努力。
もう暴行事件はいらない、もう基地はいらない。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200802211300_01.html
私だってデートの話や海に行った話や、
おばーちゃんと話したことや、
今日一番笑った事について日記を書きたい。
無理に思考を開始されたくない。
臭い物に蓋が出来るならそうしたい、
でも私にはその「蓋」がもうない。
少女暴行事件で再発防止を誓ったのは何だったのか。
倫理教育や外出禁止で綱紀粛正をすると言ったのは嘘だったのか。
今月18日にまたしても女性暴行事件が起きていた。
10日の少女の事件からたった8日後の出来事だった。
被害者のフィリピン人女性は怪我を負い入院しているという。
容疑者の身柄は米軍側にある、
沖縄の、フェンスのこちら側で起こった事件、
なのに私たちがこの事件を耳にしたのは今日になってから。
2月10日 海兵隊二等軍曹による女子中学生暴行事件、
2月17日 嘉手納基地所属の空軍二等軍曹による酒酔い運転、
2月18日 キャンプシュワブ所属の海兵隊伍長が住宅進入、
2月18日 フィリピン人女性に対する暴行致傷事件。
「無期限」と発表された外出禁止令は、
20日から25日までたったの5日で解除になる。
解除後には兵士たちの心待ちにするペイデイ(給料日)がある。
琉球新報で外務省関係者が
「映画にも行けないなど、
外出禁止は米兵にとってとても厳しい措置だ。
一ヶ月も続けていたら人権問題になる」
と禁止措置が長期間にならない背景を解説したとある。
もしこの記事が本当だとしたら、
上記のように思考し解説したその方に問いたい、
「それでは、暴行を受けた少女やフィリピン人女性や、
酒酔い運転車両の隣を歩いていた人々や、
住宅に侵入された人たちの、
そしていつ米軍犯罪の被害者になっても不思議ではない私の、
その「人権」というものは一体どこにありますか?」と。
基地を沖縄に置くその最高責任者であるはずの、
ブッシュ大統領は事件に対するコメントを出していない。
基地を沖縄に置くその最高責任者であるはずの、
福田総理大臣は沖縄に来て問題解決に努めようとはしない。
神経をすり減らし対策を練って声を枯らして再発防止を叫ぶのは、
そして絶え間なく続く事件の度に、心の傷を抉り返され涙を流し、
怒りに震えたり、行動を迫られたり、罵られたり、
あるいは神経を麻痺させ、不感症であるよう反応させられるのは、
米軍犯罪者の被害者であり、リスクを背負った「蓋」を持たない住民だ。
「蓋」を持つ支配者と「蓋」を持たない被支配者。
私が生きてるのは彼らが第三国と表現する国でも、
悪の枢軸と呼ぶ国でもない、60数年前に民主化されたと言われる、
基本的人権、国民主権、平和主義を原理とした憲法を持ち、
GDP世界第二位の経済大国の法治国家、2008年の日本という国だ。
けれど気が遠くなるほど昔にロックが謳った基本的人権も、
2008年の先進国が持つその「蓋」の上だけに存在することを、
私は見てしまったのかもしれない。
「蓋」を持つ誰の言葉も信じられない、
パフォーマンスはもういらない。
もうどう説得されても基地を肯定することは出来ない。
被害者の方のあらゆる傷が一日でも早く癒されて欲しい。
私は彼女を被害にあわせた容疑者を憎いと思う、
そして同時に私は容疑者を輩出するそのシステムを憎いと思う。
そしてそのシステムを維持する「蓋」を持つ支配者を憎いと思う。
構造を解消させることで沖縄は真剣に反応するべきかもしれない。
それは人類館のように「蓋」を持つための努力ではなく、
「蓋」ではなく「入れ物」そのものを崩壊させる努力。
もう暴行事件はいらない、もう基地はいらない。
2008年02月19日
少女暴行事件
私はとても怒っている、私はとても苦しい。
「反応しなくては」という想いが強すぎて感情的になりすぎている私には、神経を尖らせて言葉を上手く選び続けられるか、このケースを正面から見つめ続けるだけの勇気を保てるか、正直なところ分からない。だけどやっぱり反応しなくてはいけない、私はやっぱりこの土地何事も無かったかのように涼しい顔して暮らしていくことができない。日本に住む私や貴方の、そして日本国籍を持つ私や貴方の「安全」を生み出すという「理念」を支えるためにこれまで私達はどのくらいの性を差し出し、人権を返上し、命を提供してきたのか。そして、そうまでして欲しい「安全」な社会とは実際のところ「安全」と呼べる代物なのか。
勿論ご存知だと思うけれど、沖縄県警は11日未明在沖米海兵隊員・キャンプコートニー所属の二等軍曹タイロン・ハドナット容疑者(38)を逮捕した、中学3年の少女(14)を暴行したという容疑で。容疑者は証言を二転三転させながらレイプについては否認を続け、県警はDNA鑑定を進めている。
容疑者は私の職場の隣にある建物で取調べを受けている、私の生活圏内に容疑者がいるというだけで胸が締め付けられ仕事にならない。「少女を未成年と思わなかった。身体を触ったが強制ではない。」と供述する容疑者。欧米人より幼く見えると言われるアジア人の中学生の年齢を逆に多く見積もり、泣きながら友人に携帯電話で助けを求めた少女とは合意の上での性的接触だったと供述する容疑者。彼から発せられたのは被害女性への謝罪ではなく、事態が大きな問題になったことへの反省だった。
仲井眞知事はシーファー駐日米国大使とライト在日米軍指令官と会い握手を交わし「わざわざ沖縄まで来られ気持ちを率直に話されたことに対しては誠意を多とするところだ」「再発防止を徹底し県民に分かるよう公開してもらいたい」と述べ20分の会談を終えた。互いに用意された文書を読み上げ、「遺憾だ」と基地の存在ではなく事件を嘆き、耳にたこができるほど聞いた「再発防止に尽くす」というフレーズを更にもう一度聞くだけの20分。しかしこの会談を20分で終わらせた仲井眞を知事にしたのは他の誰でもない沖縄県民だということ、彼に票を投じた人は皆その責任の一端を担っている。県民はリスクと同時に責任の取れない問題の責任の一端を担っている。
綱紀粛正や倫理教育がちっとも効果を示さないことを私たちはうんざりするほど知らされている。「再発防止」を求める沖縄県と「再発防止」を誓う米軍との作り出す沖縄県という社会の中で、95年の少女暴行事件からこれまでに米兵による女性暴行事件は14件、復帰年からの累計すると、勿論表に出るケースはごく一部、氷山の一角。日本でのレイプ被害の届けは実際の一割にも満たないという。水面から出てしまい、自分の性が蹂躙されたことが世間に向けて公開され、連日自身のレイプケースについての報道や、被害者をセカンドレイプという二度目被害にあわせる日本という社会構造、世間の心無い誹謗やいたずらな中傷に浸される被害者が少なくとも年に一人いる。水面下で、被害者へ寄せられる同情という名の冷ややかな視線や、マスコミの餌食になることや政治に利用されるということを免れたものの、一切のトラウマを一身に抱えて保障やケアを受けられないまま何食わぬ顔で生活を続けていかなくてはならない氷山の下の人たちも何人も何人もいる。私たちは「明日はわが身」とは言いながらこれまで「そういうこと」を「仕方がないこと」としてきた。
沖縄県民なら誰でも95年以降、在沖米軍が沖縄の反基地感情を盛り下げるために打ち出している「良き隣人政策」を徹底させてきたことについて知っているはずだ。「海兵隊普天間飛行場の空き地をゲートボール場に解放」、「身体障害者によるスペシャル五輪を基地内で開催」、「海兵隊が名護市清掃に協力」等、新聞を通して確実に報道される政策成果。ハーリーやエイサー大会、大綱引きなど地域の祭りに参加する「良き隣人」として振舞うの米兵の姿は積極的に写真にとられ紙面を飾ってきた。沖縄の文化が「外」の目にもエキゾチックでブレステイキングなものであることを公言するため米兵をレイアウトする沖縄県が彼らを学校現場に登場させてきたことを私たちは見逃してはいけない。
「英語教育のため」「国際交流をしよう」「異文化体験だ」、アメリカのための「グローバリゼーション」のための「米軍再編」を遂行するためのイデオロギーを沖縄人が自らの口を使って発してきた10年間、沖縄県内の小学校に「良き隣人」代表の心優しい兵士たちがやってきては細心の注意を払い「米兵は優しい」キャンペーンを繰り返した。当たり前すぎてわざわざ言いたくもないが、絶対に誤解されたくないのでここで一応言及しておくと、私は全ての在沖米兵を鬼畜米兵と称して罵りたいわけでも沖縄人を絶対的被害者に祭り上げて同情を買いたいわけでもない。犯罪という個人が生み出すミクロの問題が、実は構造が生み出すマクロの問題であるということを把握したい、レイプ犯罪の被害者に寄り添い「あなたは悪くない」と伝え「あなたにそのような経験をさせてしまって申し訳ない」と謝りたい、そういう気持ちでキーボードを叩いている。
話を戻してもう少し「良き隣人政策」にこだわると、軍の徹底した、度重なる働きかけにより、国際交流事業の一環と称し米兵を校舎に招いて英語を使って一緒にゲームをしたり、英語で会話したりするというイベントがこの10年の間に沖縄各地で行われることとなった。また、米軍基地内の小学生を小学校に招いたり、時には県内の小学生をバスに乗せてフェンスの内側に連れて行ったりして、「国際交流」というタイトルで県内にある米軍基地との人的交流を積極的に推進してきた。迷彩服の兵士が校舎に入ることについて等、賛否両論紆余曲折はあったものの、イベントは各地で繰り返され、ついには「米兵は怖くない」「アメリカ人は優しい」「基地って楽しい」という感想を沖縄県の小学生が口にするのを私は何度も聞くことになった。これが「良き隣人政策」だ、事件に会った少女の年齢が14歳、彼女はこの政策をまともに受けて育った世代だ。
ここで沖縄におけるダブルスタンダードが浮き彫りになる。学校に来たり基地に招待してくれたり祭りを一緒に楽しんだりしてくれる表向きの「隣人」と、毎年数多くの性を暴力的に奪い市民税を払わずに基地外に住み事故や騒音や環境汚染を撒き散らす「隣人」。「隣人」はこの場合、実は同一の構造から、時に恣意的に時に必然的に、そして時には偶発的に生み出されるということを立体的に把握している子どもが一体どれだけいるというのだろう。常日頃沖縄バッシングをやりたいと思っている人たちの中でも事件や沖縄県の現状について良く知らない人たちが「危険な米兵について行くのもどうかと思う」と知ったような口調で被害者の自己責任論を展開しているけれども、果たしてその中の何人が米軍の「よき隣人政策」についての知識があるというのだろう。
琉球新報の記事に事件を機に海兵隊撤去を求める声があることに仲井眞が「論理として海兵隊がなければいいに違いない。これを契機に海兵隊がなくなればいいというのは極めて非現実的だ、(知事として求めることは)ない。」と述べたとあった。経済発展の代わりに基地を容認するリーダーを選んでしまった私たち。米軍基地という構造を抱える以上どれだけ再発防止を叫んでもなくならない性犯罪、11日の事件で綱紀粛正を声高に叫んだ在沖米軍は、舌の根も乾かぬうちにまた2件の事件を起こした。「本当に米軍もどうなっているのか」と記者会見で日本の総理大臣である福田は嘆いたが、72年の復帰から99年までのデータを見ると凶悪犯、殺人、強盗、婦女暴行の検挙数は523件、その中で婦女暴行は104件。福田は知らないかもしれないが、在沖米軍は近年になって「どうにかなってしまった」のではなく、米軍基地がそこに出来た時点から事件事故を排出し続けているものなのだ。更には日米地位協定による治外法権により今度のような事件が起こっても日本の警察権や裁判権を行使することができないこともある、沖縄人が沖縄でレイプされても犯人を沖縄の裁判所で裁ききれないということが2008年の沖縄では十分ありうることなのだ。
再発防止、綱紀粛正と繰り返し述べる米軍だが彼らの打ち出した具体的な取り組みとは、「新着研修」「部隊オリエンテーション」「部隊司令官の定例会合」等の教育プログラム、そして「基地外への夜間外出制限」「一時的な夜間外出禁止」「特定地域の一時出入り禁止」「生活指導巡回」「運転、酒量の制限」等の事件事故防止措置としての防止措置だった。私は眩暈を覚えしばらく放心状態でいた。米軍という組織は形式的な教育プログラムと一時的な外出制限で今回のような事件が二度と起こらないと本当に信じているのか、そうだとすればなぜその取り組みを63年間これまで一度たりとも実行してこなかったのか。「米軍にとっての沖縄人とは一体どのような位置付けになっているのだろう」、指先でこめかみを押さえながら見たある一枚の写真に目が釘付けになった。それは中日米国大使トーマス・シーファーが被害者の両親と家族に当てた手紙を仲井間知事に託しているものだった、白い封筒に「英語」で文字が書かれていた。日米安全保障条約が形作る米国人の意識構造というものは、被害者家族への謝罪さえ「米国式」に進めるものなのか。目線をどうずらしてよいのか、分からぬままソファーに強張った体を沈めた。その耳には、「再発防止のため繁華街に監視カメラを設置する」というニュースが入ってきた。
2006年から2007年を、世界の監視カメラ台数の約10%、国民14人に一台の割合で監視カメラを設置しているイギリスという国で暮らしていた私は、監視社会に生きることの気持ち悪さを沖縄県民が知らないことに焦りを覚えた。監視社会の恐ろしさに、私たちは去年自衛隊が彼らにそぐわない活動をする市民の個人名を時には顔写真つきでリストアップし管理していることが明らかになった時点で、気がついたはずではなかったか。ちなみに420万台の監視カメラを設置する英国のレイプ事件発生率は日本の14倍、カメラ設置とレイプ撲滅がイコールの関係ではないことは明らかだ。ケニアに駐留する英国兵士が30年で2000人に性暴行を加えたという調査結果や、増え続けるイラク・アブグレイブでの米兵によるイラク人女性レイプなど、軍隊とレイプとは切っても切り離せないものだ。監視カメラや倫理教育で解消されるような問題であるとすれば、なぜ今でも米兵によるレイプ事件が起こるのであろうか。なぜそれでも仲井眞はすぐには無理でも基地は撤去する方向で訴えていこうという態度をとらないのか。
「一部の考えなしの米兵のために全体を悪く言われるのは困る」「そうはいっても沖縄は基地がなくてはやっていけない」「夜から未成年を歩かせる親にも責任がある」「早く普天間を辺野古にもって行けばいい」「知らない人についていく少女もどうかと思う」「基地反対派はいつも怒っている」「事件を政治に利用するなんて汚い」「沖縄は米兵の犯罪だけを取り上げすぎる」「どうせ基地はなくならないし」、今日も私の目や耳は基地という「構造」そのものは疑問視せず問題の「末端」にある手に取りやすい一つ一つを掴んでその口から「基地容認」を滲ませる人々の声や文字を受信している。その一人一人と私を含む沖縄に住む全員と、このニュースを知り意見を持つ日本人とアメリカ人と、ニュースを知らない日本人とアメリカ人で、私の住むこの沖縄という社会が形成されている、私たちは、「お金」と「安全」のために少女が暴行される土壌を維持してきた、しかしながら私たちは実際に起こる性暴力や爆音や事故の問題を処理し、今この瞬間も数々の危険と隣り合わせに暮らしながらも、そういう暮らしを60年以上続けても、「お金」に困り「安全」を保障されていない。沖縄県はこれからも現体制を続けていきこれからも起こりうるあらゆる問題が起こる度に「再発防止」を要請し続けるのか、そしてその度に「仕方がない」と考えるのか。
そうじゃない、私は「仕方がない」とは言えない、他にも「仕方がない」とは思えない人はたくさんいるのだと思う。沖縄は動かなくてはいけない。少女を事件に追い込んだこの社会を作った大人の一人として、私は少女に深く謝罪したいと思う。彼女の今日が安全でゆったりしたものになりますように。
「反応しなくては」という想いが強すぎて感情的になりすぎている私には、神経を尖らせて言葉を上手く選び続けられるか、このケースを正面から見つめ続けるだけの勇気を保てるか、正直なところ分からない。だけどやっぱり反応しなくてはいけない、私はやっぱりこの土地何事も無かったかのように涼しい顔して暮らしていくことができない。日本に住む私や貴方の、そして日本国籍を持つ私や貴方の「安全」を生み出すという「理念」を支えるためにこれまで私達はどのくらいの性を差し出し、人権を返上し、命を提供してきたのか。そして、そうまでして欲しい「安全」な社会とは実際のところ「安全」と呼べる代物なのか。
勿論ご存知だと思うけれど、沖縄県警は11日未明在沖米海兵隊員・キャンプコートニー所属の二等軍曹タイロン・ハドナット容疑者(38)を逮捕した、中学3年の少女(14)を暴行したという容疑で。容疑者は証言を二転三転させながらレイプについては否認を続け、県警はDNA鑑定を進めている。
容疑者は私の職場の隣にある建物で取調べを受けている、私の生活圏内に容疑者がいるというだけで胸が締め付けられ仕事にならない。「少女を未成年と思わなかった。身体を触ったが強制ではない。」と供述する容疑者。欧米人より幼く見えると言われるアジア人の中学生の年齢を逆に多く見積もり、泣きながら友人に携帯電話で助けを求めた少女とは合意の上での性的接触だったと供述する容疑者。彼から発せられたのは被害女性への謝罪ではなく、事態が大きな問題になったことへの反省だった。
仲井眞知事はシーファー駐日米国大使とライト在日米軍指令官と会い握手を交わし「わざわざ沖縄まで来られ気持ちを率直に話されたことに対しては誠意を多とするところだ」「再発防止を徹底し県民に分かるよう公開してもらいたい」と述べ20分の会談を終えた。互いに用意された文書を読み上げ、「遺憾だ」と基地の存在ではなく事件を嘆き、耳にたこができるほど聞いた「再発防止に尽くす」というフレーズを更にもう一度聞くだけの20分。しかしこの会談を20分で終わらせた仲井眞を知事にしたのは他の誰でもない沖縄県民だということ、彼に票を投じた人は皆その責任の一端を担っている。県民はリスクと同時に責任の取れない問題の責任の一端を担っている。
綱紀粛正や倫理教育がちっとも効果を示さないことを私たちはうんざりするほど知らされている。「再発防止」を求める沖縄県と「再発防止」を誓う米軍との作り出す沖縄県という社会の中で、95年の少女暴行事件からこれまでに米兵による女性暴行事件は14件、復帰年からの累計すると、勿論表に出るケースはごく一部、氷山の一角。日本でのレイプ被害の届けは実際の一割にも満たないという。水面から出てしまい、自分の性が蹂躙されたことが世間に向けて公開され、連日自身のレイプケースについての報道や、被害者をセカンドレイプという二度目被害にあわせる日本という社会構造、世間の心無い誹謗やいたずらな中傷に浸される被害者が少なくとも年に一人いる。水面下で、被害者へ寄せられる同情という名の冷ややかな視線や、マスコミの餌食になることや政治に利用されるということを免れたものの、一切のトラウマを一身に抱えて保障やケアを受けられないまま何食わぬ顔で生活を続けていかなくてはならない氷山の下の人たちも何人も何人もいる。私たちは「明日はわが身」とは言いながらこれまで「そういうこと」を「仕方がないこと」としてきた。
沖縄県民なら誰でも95年以降、在沖米軍が沖縄の反基地感情を盛り下げるために打ち出している「良き隣人政策」を徹底させてきたことについて知っているはずだ。「海兵隊普天間飛行場の空き地をゲートボール場に解放」、「身体障害者によるスペシャル五輪を基地内で開催」、「海兵隊が名護市清掃に協力」等、新聞を通して確実に報道される政策成果。ハーリーやエイサー大会、大綱引きなど地域の祭りに参加する「良き隣人」として振舞うの米兵の姿は積極的に写真にとられ紙面を飾ってきた。沖縄の文化が「外」の目にもエキゾチックでブレステイキングなものであることを公言するため米兵をレイアウトする沖縄県が彼らを学校現場に登場させてきたことを私たちは見逃してはいけない。
「英語教育のため」「国際交流をしよう」「異文化体験だ」、アメリカのための「グローバリゼーション」のための「米軍再編」を遂行するためのイデオロギーを沖縄人が自らの口を使って発してきた10年間、沖縄県内の小学校に「良き隣人」代表の心優しい兵士たちがやってきては細心の注意を払い「米兵は優しい」キャンペーンを繰り返した。当たり前すぎてわざわざ言いたくもないが、絶対に誤解されたくないのでここで一応言及しておくと、私は全ての在沖米兵を鬼畜米兵と称して罵りたいわけでも沖縄人を絶対的被害者に祭り上げて同情を買いたいわけでもない。犯罪という個人が生み出すミクロの問題が、実は構造が生み出すマクロの問題であるということを把握したい、レイプ犯罪の被害者に寄り添い「あなたは悪くない」と伝え「あなたにそのような経験をさせてしまって申し訳ない」と謝りたい、そういう気持ちでキーボードを叩いている。
話を戻してもう少し「良き隣人政策」にこだわると、軍の徹底した、度重なる働きかけにより、国際交流事業の一環と称し米兵を校舎に招いて英語を使って一緒にゲームをしたり、英語で会話したりするというイベントがこの10年の間に沖縄各地で行われることとなった。また、米軍基地内の小学生を小学校に招いたり、時には県内の小学生をバスに乗せてフェンスの内側に連れて行ったりして、「国際交流」というタイトルで県内にある米軍基地との人的交流を積極的に推進してきた。迷彩服の兵士が校舎に入ることについて等、賛否両論紆余曲折はあったものの、イベントは各地で繰り返され、ついには「米兵は怖くない」「アメリカ人は優しい」「基地って楽しい」という感想を沖縄県の小学生が口にするのを私は何度も聞くことになった。これが「良き隣人政策」だ、事件に会った少女の年齢が14歳、彼女はこの政策をまともに受けて育った世代だ。
ここで沖縄におけるダブルスタンダードが浮き彫りになる。学校に来たり基地に招待してくれたり祭りを一緒に楽しんだりしてくれる表向きの「隣人」と、毎年数多くの性を暴力的に奪い市民税を払わずに基地外に住み事故や騒音や環境汚染を撒き散らす「隣人」。「隣人」はこの場合、実は同一の構造から、時に恣意的に時に必然的に、そして時には偶発的に生み出されるということを立体的に把握している子どもが一体どれだけいるというのだろう。常日頃沖縄バッシングをやりたいと思っている人たちの中でも事件や沖縄県の現状について良く知らない人たちが「危険な米兵について行くのもどうかと思う」と知ったような口調で被害者の自己責任論を展開しているけれども、果たしてその中の何人が米軍の「よき隣人政策」についての知識があるというのだろう。
琉球新報の記事に事件を機に海兵隊撤去を求める声があることに仲井眞が「論理として海兵隊がなければいいに違いない。これを契機に海兵隊がなくなればいいというのは極めて非現実的だ、(知事として求めることは)ない。」と述べたとあった。経済発展の代わりに基地を容認するリーダーを選んでしまった私たち。米軍基地という構造を抱える以上どれだけ再発防止を叫んでもなくならない性犯罪、11日の事件で綱紀粛正を声高に叫んだ在沖米軍は、舌の根も乾かぬうちにまた2件の事件を起こした。「本当に米軍もどうなっているのか」と記者会見で日本の総理大臣である福田は嘆いたが、72年の復帰から99年までのデータを見ると凶悪犯、殺人、強盗、婦女暴行の検挙数は523件、その中で婦女暴行は104件。福田は知らないかもしれないが、在沖米軍は近年になって「どうにかなってしまった」のではなく、米軍基地がそこに出来た時点から事件事故を排出し続けているものなのだ。更には日米地位協定による治外法権により今度のような事件が起こっても日本の警察権や裁判権を行使することができないこともある、沖縄人が沖縄でレイプされても犯人を沖縄の裁判所で裁ききれないということが2008年の沖縄では十分ありうることなのだ。
再発防止、綱紀粛正と繰り返し述べる米軍だが彼らの打ち出した具体的な取り組みとは、「新着研修」「部隊オリエンテーション」「部隊司令官の定例会合」等の教育プログラム、そして「基地外への夜間外出制限」「一時的な夜間外出禁止」「特定地域の一時出入り禁止」「生活指導巡回」「運転、酒量の制限」等の事件事故防止措置としての防止措置だった。私は眩暈を覚えしばらく放心状態でいた。米軍という組織は形式的な教育プログラムと一時的な外出制限で今回のような事件が二度と起こらないと本当に信じているのか、そうだとすればなぜその取り組みを63年間これまで一度たりとも実行してこなかったのか。「米軍にとっての沖縄人とは一体どのような位置付けになっているのだろう」、指先でこめかみを押さえながら見たある一枚の写真に目が釘付けになった。それは中日米国大使トーマス・シーファーが被害者の両親と家族に当てた手紙を仲井間知事に託しているものだった、白い封筒に「英語」で文字が書かれていた。日米安全保障条約が形作る米国人の意識構造というものは、被害者家族への謝罪さえ「米国式」に進めるものなのか。目線をどうずらしてよいのか、分からぬままソファーに強張った体を沈めた。その耳には、「再発防止のため繁華街に監視カメラを設置する」というニュースが入ってきた。
2006年から2007年を、世界の監視カメラ台数の約10%、国民14人に一台の割合で監視カメラを設置しているイギリスという国で暮らしていた私は、監視社会に生きることの気持ち悪さを沖縄県民が知らないことに焦りを覚えた。監視社会の恐ろしさに、私たちは去年自衛隊が彼らにそぐわない活動をする市民の個人名を時には顔写真つきでリストアップし管理していることが明らかになった時点で、気がついたはずではなかったか。ちなみに420万台の監視カメラを設置する英国のレイプ事件発生率は日本の14倍、カメラ設置とレイプ撲滅がイコールの関係ではないことは明らかだ。ケニアに駐留する英国兵士が30年で2000人に性暴行を加えたという調査結果や、増え続けるイラク・アブグレイブでの米兵によるイラク人女性レイプなど、軍隊とレイプとは切っても切り離せないものだ。監視カメラや倫理教育で解消されるような問題であるとすれば、なぜ今でも米兵によるレイプ事件が起こるのであろうか。なぜそれでも仲井眞はすぐには無理でも基地は撤去する方向で訴えていこうという態度をとらないのか。
「一部の考えなしの米兵のために全体を悪く言われるのは困る」「そうはいっても沖縄は基地がなくてはやっていけない」「夜から未成年を歩かせる親にも責任がある」「早く普天間を辺野古にもって行けばいい」「知らない人についていく少女もどうかと思う」「基地反対派はいつも怒っている」「事件を政治に利用するなんて汚い」「沖縄は米兵の犯罪だけを取り上げすぎる」「どうせ基地はなくならないし」、今日も私の目や耳は基地という「構造」そのものは疑問視せず問題の「末端」にある手に取りやすい一つ一つを掴んでその口から「基地容認」を滲ませる人々の声や文字を受信している。その一人一人と私を含む沖縄に住む全員と、このニュースを知り意見を持つ日本人とアメリカ人と、ニュースを知らない日本人とアメリカ人で、私の住むこの沖縄という社会が形成されている、私たちは、「お金」と「安全」のために少女が暴行される土壌を維持してきた、しかしながら私たちは実際に起こる性暴力や爆音や事故の問題を処理し、今この瞬間も数々の危険と隣り合わせに暮らしながらも、そういう暮らしを60年以上続けても、「お金」に困り「安全」を保障されていない。沖縄県はこれからも現体制を続けていきこれからも起こりうるあらゆる問題が起こる度に「再発防止」を要請し続けるのか、そしてその度に「仕方がない」と考えるのか。
そうじゃない、私は「仕方がない」とは言えない、他にも「仕方がない」とは思えない人はたくさんいるのだと思う。沖縄は動かなくてはいけない。少女を事件に追い込んだこの社会を作った大人の一人として、私は少女に深く謝罪したいと思う。彼女の今日が安全でゆったりしたものになりますように。
2008年02月07日
『サルサとチャンプルー』
あけましておめでとう!
(えっと、今日は沖縄は正月です。)
さて、
波多野哲朗の映画『サルサとチャンプルー』がいよいよ公開だって!
今日は東京渋谷のアップリンク・ファクトリーで先行上映だよ、
沖縄では桜坂劇場で2008年2月9日(土)~22日(金)(2/11は上映なし)、
毎日11:50~13:30と14:20~16:00の二回やるらしいよ、楽しみ。
誰か一緒に見に行かない?音楽はカチンバだって!
『サルサとチャンプルー』オフィシャルサイト
http://cuba-okinawa.com/index.html
ハワイでは、沖縄系移民と日系移民は完全に別物だったので、
オキナワンが日本人移民と表現されているところに違和感を感じたけど、
日本と沖縄の関係ってキューバではどうなんだろうねー、早く見たいな!
映画見た後、うちなー居酒屋でディナーしてサルサバーに行くってのがいいかも!
あー楽しみ☆
(えっと、今日は沖縄は正月です。)
さて、
波多野哲朗の映画『サルサとチャンプルー』がいよいよ公開だって!
今日は東京渋谷のアップリンク・ファクトリーで先行上映だよ、
沖縄では桜坂劇場で2008年2月9日(土)~22日(金)(2/11は上映なし)、
毎日11:50~13:30と14:20~16:00の二回やるらしいよ、楽しみ。
誰か一緒に見に行かない?音楽はカチンバだって!
『サルサとチャンプルー』オフィシャルサイト
http://cuba-okinawa.com/index.html
解説
いまから約80年前、沖縄から遠く太平洋と米大陸を隔てて、キューバへと渡った移民とその末裔たちを追うドキュメンタリーである。映画は百歳に近い日本人移民一世のインタビューにはじまり、二世、三世、四世とその生活ぶりを順次描いていく。そこでは知られざるかれらの受難の歴史が語られ、大戦中に日本人が収容された監獄跡(パノプティコン)の恐るべき情景なども映し出される。しかしこの映画は、移民を描いた従来の多くのフィクションやノンフィクションのように、他国の中に日本人の痕跡を発掘したり、日本人の血統を辿るのではなく、むしろその痕跡や血統がどのように他国の風土と混じり合い、溶解しているかについて描いていく。この映画が描く中心人物たちは、まさにそうしたディアスポラであり、無国籍的な人物たちである。それがキューバと沖縄という二つの舞台が選ばれた理由でもあった。スペインとアフリカとアメリカの文化が見事に入り混じるキューバ、一方、中国・日本・南方諸国の文化が入り混じる琉球に、さらに戦後のアメリカ文化が入り混じる沖縄。それらはいずれも強力な他者によって強いられた悲惨な歴史の証しである。しかしこの映画は、その悲惨さの中から立ち上がるエネルギーに着目する。生活の中からつぎつぎと立ち上がるキューバの音楽は、いまやアメリカやヨーロッパの人々をも魅了し、ウチナンチューの歌と踊りがヤマトンチューを惹きつけるのである。
ハワイでは、沖縄系移民と日系移民は完全に別物だったので、
オキナワンが日本人移民と表現されているところに違和感を感じたけど、
日本と沖縄の関係ってキューバではどうなんだろうねー、早く見たいな!
映画見た後、うちなー居酒屋でディナーしてサルサバーに行くってのがいいかも!
あー楽しみ☆
2008年02月06日
トゥシヌユル
去年ロンドンに住んでたというのは、きっと勘違いで本当はフィリピンとかにいたのかもしれない。どう考えても私の体は夏仕様で、冬を楽しむようには作られていない。もしかしたら見た目は人間だけれども実は変温動物で冬は蛙のように土の中でじっとしていたい性分なのかもしれない。寒いよー、ゲコゲコ、寒いよー。沖縄なのに、摂氏15度はあるのに。風邪までひいて、鼻詰まりだからと口呼吸して喉まで痛めて、仕事もサボってストーブの前で毛布かぶって震えてるなんてお洒落じゃない、それに東京や北海道やロンドンやヴァージニアのあの人たちに顔向けできない。それにしてもこの雨。2年ぶりに復活した鬱陶しい偏頭痛が頭にまとわりつく。最近私の縄張りを頻繁に通るようになった米軍機がイライラを助長する。騒音は首筋から徐々にポツポツと粟を立たせ頭をボーッとさせる。思考を妨げられ行き場のなくなったエネルギーが熱となって私の心を蝕んでいく。あー、土掘って冬眠したいよー、ゲコゲコ。全て投げ出して現実逃避したくなる。やらないといけないことはリストアップするだけで一日が終わる位積もり積もってるけど、そういうの全部無視して、例えば憧れのあの人と一日中シーツに包まってジョンとヨーコごっこするとかして遊びたい。全ては寒さのせい、とりあえず風邪から治さないとね、病は気からと言うけど、病は気温からで、気の滅入りは病からだわ、ゲコゲコ。
そうそう、そうだった。今日はトゥシヌユル、つまり「年の夜」=「大晦日」。明日は沖縄カレンダーのお正月。OTVのあの人の糸満市場レポート勉強になったなあ。トゥシヌユルだし年越しそば食べたいな、病体に鞭打ってこれからおばーちゃんの家に行こうかな、ゲコゲコ。
そうそう、そうだった。今日はトゥシヌユル、つまり「年の夜」=「大晦日」。明日は沖縄カレンダーのお正月。OTVのあの人の糸満市場レポート勉強になったなあ。トゥシヌユルだし年越しそば食べたいな、病体に鞭打ってこれからおばーちゃんの家に行こうかな、ゲコゲコ。






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