2008年05月30日

選挙カーがうるさい今日この頃。



選挙カーがうるさい今日この頃。
そろそろ私が「投票」で意見を言える日が来る。
やったー。やったー。





5.28

小禄のカフェで、ucoさん、たくるーさん、チエさんが作った『フリーペーパー「Stand Up.」』をせっせと折って配布できる状態にしながら、どこにどういうにどのくらい配布するのかということを話した。内容は、「沖縄再考察」的なスタンスで、当たり前すぎて(ということになってるけどそれは違う。)誰も教えてくれないことの数々に改めて触れさせてくれるもの。小題は以下に↓

・4コマ漫画 さとうきびせいとうこうじょう その1
・那覇市に残る神秘の森 末吉公園
・沖縄のこと、沖縄の皆で考えてみませんか?
・コーネル ウェスト博士来沖
・Cornel West & BMWMB Never Forget: A Journey of Revelations
・カクマクシャカ シャカの掌の惑星
・はるさーモトム。
・Action For The Problem
・沖縄の人口海岸がもたらすもの、財産の喪失、未来の混乱。警笛は届かず。

サンフランシスコ留学帰りの「Stand up.」の人たちのこういうフリーペーパーは、アメリカとかトウキョウではよく見かけるけど沖縄では見たことがない「欲しかった」ものだから、なんか嬉しい。A3の用紙表裏にぎっしり、でも楽しく、知りたかったことが詰まってる。私、今数十部持ってるから欲しい人は言ってねー、差し上げますよー。


この前紹介した比嘉光龍(フィジャ・バイロン)さんの番組、見た人いるねー?あれはすごい良かったー。「しまくとぅば」をああいう風に扱った番組はこれまで一つもなかったので、本当に嬉しかった、なんかやっとこっち側にそよ風が吹いてきたな、というドキドキに包まれた。そよ風で大風(ウフカジ)呼ぼー。言葉はやっぱりアイデンティティで、文化で、財産だ。自分や誰かの言葉と触れ合うこと、そこから見えてくるいろいろなもの。ドイツの社会言語学者パトリック・ハインリッヒさんの言葉を借りると、「6000しかない人間の言語、それぞれの世界観。そのうち一つが消えるということは、その一つの世界が消えるということ。」、しまくとぅばの世界が消えないといいなー。いや、消える前に、後ほんのわずかしか残されていない時間の中で、一つでも多くしまくとぅばの世界を見せてもらおうっと、おばーちゃんたちにお願いして。



5.29

キリ学の環境トークセッション&ライブに行った。
http://mixi.jp/view_event.pl?id=31477585&comment_count=0&comm_id=3223343
KEN子さん、カクマクシャカさん、今泉真也さん、新垣誠さん、のトークは緩やかにカフェや友達の家で話されてるような感覚で進行していったから、私はサンダルを脱いで椅子の上に体育座りして聞いた。楽しかったー。偉そうな学者がスーツ着て語る説教じみたあるいは、専門用語がばんない飛び交う背伸びしないと聞けない様な話じゃなくて、「この前ヤンバルに行ったらさー、この間はあった木が全部なくなってたってばー。」みたいな感じ。地球を分かってる4人組みが、等身大の彼らでキュートに話していて切実で悲しかったけど、とても良かった。感想は以下に↓

・今泉さんの写真はビビットすぎて泣けた、
 ああいう写真を撮っていくのはさぞかし辛いだろうな。
 自然は美しすぎる
 だから壊れた自然は痛すぎる
・KEN子さんの「説明聞くまでは、分からないから、埋め立てもしょうがない?
 とか反応してたけど、説明聞いたら、なんで埋め立てるの?ってなる」
 という言葉を聴いて、確かに新聞では経済効果とかの
 「武装した開発理論」については堂々と書かれるのに、
 「開発やめれ」という人の意見は、とても小さく、
 それも「自然への影響が懸念される
 みたいな感じで、弱弱しくしか書かれていないことに気づいた。
・カクマクさんが岡本太郎の「殺すな」アクションの話をしていたのも面白かった。
 「殺す」の反対語は「生かす」じゃなく「殺すな」だという話。
 自然を「殺すな」、人間は過ちを犯すけど、犯していけない過ちについては、
 実は知ってるはずだ。食べ物を食べないと死ぬように、空気を吸わなきゃ死ぬ。
 そういう当たり前のことをアートしてる、と言う
 カクマクシャカかっこいいー

KEN子さんも言っていたけど、 「あい、ここ工事してるね」というのは目で見て分かる。けど、 それが何の工事で誰のお金で誰が指示していつまでやるかその工事で環境にどの様な影響がでるか、については分からない。工事のおじさんに聞いても「埋め立て工事だよ」ということ以上は教えてくれない、もしかしたら彼らも知らない。そうやって国土交通省とかの人たちも、市役所の人たちも見たことがない現場で「何故」か分からぬまま工事は進む、イコール「自然を殺してる」。 なんだこれ?ぬーやが?What is this?

私達はなりたくても原始人にはなれないし、30年前にタイムスリップも出来ない。だけど、今よりはちょっとエコフレンドリーな生活は出来る。 っつーかもうすでに始めてる。 だから、私達一人一人の何千倍ものCO2を排出している企業にも「マイバックを大量生産して儲かる」とか「燃費のいい車を沢山輸出して黒字」そういうなんちゃってエコじゃなくて、本格的にエコフレンドリーな経済を作ってもらえるように働きかけよー。経済を動かしてるのは、実は私達、だからどれを選ぶか、どこに金を出すか、そういうのを選らぼー。それも「政治」さーねー。

っつーか、学生で、バイトで生計を立てる私でもエコについて考えてるんだから、税金からがっぽり金を貰ってる「環境省」のおっさんたちもっと考えろよーと本気で思う、ああ、ムカついてきた。辺野古や高江の大自然を壊してる場合じゃないだろう、泡瀬の埋め立てにGOサイン出してる場合じゃないだろう?サンゴやヤンバルの森が提供してくれる02をあんたらはいらないと言うのなら、じゃー息するな

スローライフ」というモダンバレエを取り入れたコンテンポラリーなダンスユニットが波の音や三線の音色で踊ってくれた、美しいかった。美しいが美しすぎるほど、それが壊れるのは苦しい。今泉さんの写真を見たときに感じた「痛み」がまた戻ってきて痛くなっちゃった。

勿論カクマクシャカさんのライブもあって、何度も言うけど、彼がマイクを握った時のあのスイッチが入った瞬間を見るのが私はとても好き。「砂の星」かなりヤバイねー。そしてカクマクさんはシーサーズのカワタケテッペイさんTシャツ着てた!最近の私はどんな映画を見に行くより、古本屋で沢山小説を買って部屋に篭るより、カクマクシャカのライブを見ることが好きなのかもー。いつもなんかのシンポジウムとかの時に椅子に座ってる状態で聞かせてもらってるから、今度はお金払って立って聞きたいさー。 カクマクビートで揺れたい。出来たらビール瓶片手に(ビール瓶は誰かを殴るためじゃなくて、私の喉を潤すため、ピース)。


5.30

リーフチェッカーさめさんのブログが更新されていた。
http://shark.ti-da.net/d2008-05-30.html
私が竜宮城と形容したあの泡瀬の海を見て泣くさめさん。
一体この自然ってどんなに美しかったんだろー?どこまで汚れていくんだろー?どうすればいいんだろー?どうすればいいんだろー、に関しては、サンゴの移植とか言う人たちがいる。私はやらないよりはいいだろうという風に考えていたけど、結局生物ってその環境で生きられるからそこに生息しているわけで、サンゴだってそこに生きれるから生きている。すなわちどこかに移植したってうまくいくはずがない。それに大浦湾のサンゴなんて何十メートル四方というでかいもので、それの移植は不可能。 サンゴに向かって「引っ越せばいいだろ?」は酷い、 米軍基地のために土地を追われたのおじーちゃんの顔を思い出した、なんかそういうのも全部つながってるわけね。





選挙カーがうるさい今日この頃。
そろそろ私が「投票」で意見を言える日が来る。
やったー。やったー。   

Posted by shinakosan at 13:59Comments(18)TrackBack(0)本日のshinakosan

2008年05月27日

比嘉光龍さんの人間力

うりひゃー、いよいよ放送ですよー!
Please check this out!
私もちょっとは出てるはずよー!




発見!人間力

「未来に残したい”しまくとぅば”~三線奏者・ヒガ バイロン」http://dogatch.jp/tv/ningenryoku/detail/006/006.html

自然、習慣、芸能・・・独自の伝統と文化が息づく島、沖縄。しかし、その多くは、時代の移り変わりとともに薄れつつあります。その一つが、消滅の危機に瀕している「しまくとぅば」(沖縄独特の言語)。
沖縄県内でも、地域ごとに独自の言語が使われてきた“しまくとぅば”は、お年寄りの間では今でも使われているものの、若い世代には馴染みが薄くなっています。
そんな状況に危機感を抱き、その普及に励む一人の男性がいます。西洋の顔立ちをした三線奏者「比嘉光龍(ひが ばいろん)」アメリカ人の父と、沖縄人の母との間に生まれるが、事情により父親の顔はまったく知らない。着物を羽織り、三線を手に、しまくとぅばで唄う姿は、観るものに強いインパクトを与え、現在は唄三線の他、ラジオやイベント、県内各地の講演などで伝統の言葉の魅力を伝えています。
 「しまくとぅばでしか伝えられない沖縄の心がある」西洋のマスクとウチナーンチュの熱い魂を持つ彼の活動を通して、古き良き伝統を後世に残すことの意義を浮き彫りにしていきます。


沖縄テレビ放送 5/28 (水) 15:29 - 15:59
琉球放送      5/30 (金) 10:50 - 11:20

  

Posted by shinakosan at 10:56Comments(10)TrackBack(0)languages

2008年05月26日

竜宮城

まるで銭湯の湯船に
ぷかぷか浮くような格好で
私は泡瀬の海を漂った

わずか40cmのその海の
そのどこまでも続く海の中には
竜宮城があった




ボートを降り膝の高さしかない水面に
恐る恐る顔をつけようと頑張った
かがんでもしゃがんでも水面はまだ下の方
膝をつけ上体を低く構えてやっとの思いで顔を水につける

草原だった

ユラユラ揺れる若草色の海草
水面から出てしまうのではないかというくらい
びっしりと余すとこなく水を埋める海草
自然と体が浮かんだ
やり方を習ったばかりのシュノーケルを咥え
ゆっくり息をしてもう一度顔をつけた
目の下ではなく目の前に広がる草原
そよそよと揺れる海草が体をくすぐる
水を掻くでもなく足をばたつかせるでもなく
力は私の意志によって体から削がれ
小学生の時必死に笑いを堪えながら
息が続くまで続けた水死体ごっこを再現するかのごとく
ただただ漂っていた

違うのは
堪えているのが笑いではなく
悲鳴にも似た歓喜の声だというところ
体を動かして表現したくとも
少しでも体を動かせば海草を蹴飛ばしてしまう
平常心を保つつもりは毛頭ないけれど
そうするのが常だと教えられたわけでもないけれど
私は体を浮かせ海草のわずか上を黙ってゆるりと漂うことにした
ただただ美しかった

美しいという言葉を
美しいという言葉の意味に
これほど近づけて使ったことはかつてなかったと思う

一体この草原は何処まで続くの

そいういう風に思ったかどうかはわからない
思考はその頃には私のコントロール下にはなかった
始めてやるシュノーケリングでの呼吸にもなれたその時
草原が終わった

代わりに目の前には
いや
目の前
そして腹の下
それから足のつま先のすぐ下まで
今まで草原が迫っていた私の体すれすれの位置に
こんどはサンゴが広がっていた

サンゴを目指して泳いでいたわけでなく
海草の草原の先にサンゴが広がること知っていたでもなく
舞台「オペラ座の怪人」の場面展開よりもスムーズに
恋愛映画におけるヒロインの回想シーンへの切り替えよりもスピーディーに
見たい「私」が見せられる「私」へ滑らかに態を変化させ
主体がオーディエンスの「私」から意思ある「誰か」に変わると同時に
私の体はサンゴの上に添えられていた

私の体の中には心臓があって
ドクドクと体中に酸素を供給していることが分かるくらい
耳を塞ぎたくなるほど大きくドキドキが響き渡った
大して大きいわけでもないその胸を大きく上下させるだけで
すぐ下に広がるサンゴにあたりそうな近さだった

幸福に包まれた私が見た景色

サンゴは悠々と枝を伸ばし
美しい色とりどりの魚を
その体にはべらせて
微笑みながら頷きながら美貌を放ちながら
キチンとお堅い顔して上品に座していた
泡瀬のサンゴは砂地に生息する
白い砂地に続く海草の側に
こうしてサンゴが生きているという図は世界にも珍しい

コバルトブルーの小魚の群れ
砂地に佇み私を見上げる魚
私の腕くらいはある太くて長いナマコ
私の顔よりも大きなヒトデ
砂に突き刺さる巨大なハボウキガイ
イソギンチャクには赤ちゃんのニモ
黒と白あるいは青と黄色の熱帯魚
蛍光ペンで色をつけたような魚
随分地味な色をしてサンゴに潜む魚
寿司のネタでは私が一番好きな赤貝
大きな口をぱっくり開ける白い貝
少し離れたところを陣取るウニ

サンゴが織り成す竜宮城
息を呑む労力さえ惜しむくらい
瞬きという反射さえ怠るくらい
ずっと見ていたい
サンゴが作るその竜宮の海

端々まで生きている
その生の意思が目に見える様な輝き
私が生きられない海の下で
たっぷりと日光を浴び生を身にまとって
サンゴは優美に枝を伸ばしていた

何度も繰り返し話したい
キラキラと光り輝くあの華麗なサンゴ
サンゴを取り囲む大きい生き物小さい生き物
私が見たかくも美しい世界
絵にも描けないその美しい世界は

もうすぐこの世から消えるかもしれない










ちゅら海水族館が最上級だと思っていた可哀想な私
与えられた人工の美しさで美を構築していた可哀想な私
私のような可哀想なほどに無知で想像力のない大人たちが
植え付けられた思考回路からも脱却できるというシステムさえ知らぬまま
生物がなぜ生きていられるかという本質さえ感じさせてもらえぬまま
学びや生活や構造があたかも自然から切り離されたものであるかのように錯覚し
時々遠くの世界で死んでいく象や熊に思いをはせることが免罪符になると信じ
せっせと海を埋め立てていく


私達が海について知ってることなんて本当に少しだけ
泡瀬の海からは今でもどんどん新種が発見されている
日本最大級の生物多様性を誇るその干潟
そして干潟の少し先に広がるサンゴ
そういうものを沖縄は埋めようとしている
そういうものを日本は埋めさせようとしている
なにが世界サンゴ年だ
なにが地球温暖化対策だ
埋め立てなんかするな
沖縄市に広がるゴーストタウンを再建すればいい
足りなければ米軍基地を返還してもらえばいい
泡瀬は駄目だ
埋め立て反対








譜久里さん
竜宮城へ連れて行ってくださってありがとうございました

naana、KA、めーぐー
一緒に竜宮城に行ってくれてありがとうございました

さめさん
サンゴのことを教えてくださってありがとうございました
そして譜久里さんを紹介してくださって本当にありがとうございました





泡瀬に興味がある皆さん
今度一緒に竜宮城へ行きましょう



泡瀬干潟を守る連絡会ホームページ
http://www.awase.net/index2.html



※40cmだったのは一番浅いところ
 多分干潮だったから
 深いところにも沢山サンゴはありましたよ
 誤解のないように一応追記します
  

Posted by shinakosan at 13:05Comments(9)TrackBack(0)沖縄

2008年05月20日

記憶の叫び

  ああっ 
  DUTY FREE SHOPP.×カクマクシャ       
  キュートだよなー クールだよなー 



  一番好きなのは
  DUTY FREE SHOPP.『カーミヌクー』と
  カクマクシャカ『アレの話(はやめとこう)』かなっ  

Posted by shinakosan at 15:13Comments(2)TrackBack(0)musica

2008年05月15日

撃ち殺すよ

怒りで涙が出た。
ここは沖縄だ、沖縄の言葉を使って何が悪い。


http://www.okinawatimes.co.jp/day/200805141300_01.html
米軍解雇 無効と提訴へ/元従業員、国相手に
 
 米軍キャンプ瑞慶覧(北中城村)にある在沖米海兵隊福利厚生施設MCCSの元従業員安里治さん(46)が、米国人上司からパワーハラスメントを繰り返され、不当に解雇されたとして、二十二日にも国を相手に解雇処分取り消しを求める訴訟を提起する。十三日、沖縄防衛局を訪れ、趣旨に賛同する同僚や支援者ら五千七百三十二人分の署名を提出した。
 
 安里さんによると、二〇〇三年ごろからパワハラを受け、心身に不調を来した。同様に嫌がらせを受けたという別の上司に対し、慰める目的で方言で「何かあればウチクルスサー」と発言したところ、上司に報告され、米軍側から「殺すと脅迫した」と見なされた。

 〇七年、暫定出勤停止処分、その後も「職場の秩序を乱した」との訓戒を受け、弁明書や苦情申し立ても却下されたという。同年十二月、懲戒解雇処分となった。

 十三日、防衛局側と面会した安里さんは「防衛局は独自に調べず、『米軍の調査を基に解雇を決定した』と明言した。雇用主としての誠意が見られず、責任も果たしていない」と批判。「米国人上司の都合で嫌がらせを受けて苦しむ仲間がたくさんいる。司法に訴えることで人権を取り戻し、これ以上被害者を出さないようにしたい」と訴えた。

 同行した全駐労マリン支部の仲里修委員長は「裁判に向け、支部として可能な限りの支援態勢をつくっていきたい」と話した。安里さんの解雇をめぐっては、全駐労組合員を中心に地域住民などが撤回を求めて署名した。

 米軍基地従業員の解雇の最終責任の所在について、沖縄防衛局は「日米間で合意した労務提供契約に基づき手続きが行われ、日米が合意した場合に、従業員への解雇を含む制裁措置が取られる」としている。

 米軍側は安里さんへの解雇予告通知書で、上司や同僚への聞き取りなどから「殺す、もしくは危害を加える、という脅迫は深刻で信じるべきである」と結論付けている。


琉球語は、
7世紀頃に古い日本語と枝分かれして発達した言語だと言われている。
当然、現代の日本語と祖語を共にするので、
語彙が音声的に対応関係にあったりするけど
意味が完全に一致しているとは限らない。
例えば、
a,i,u,e,oがa,i,u,i,uになる
aに挟まれたwが脱落する
kiが口蓋化してchiになる

という琉球語のルールを当てはめたら沖縄がウチナーになる。
o ki nawa
↓↓  ↓
u chi naa

これは音声の話。
でも意味論は違っていて、
例えば、日本語の「川」は
kawaだからaに挟まれたwが抜けて「カー、kaa」になるけど、
「カー」の意味は、国立国語研究所編『沖縄語辞典』によると
井戸。また、天然に湧いていて用水に使われるものをもさす。クルマガー kurumagaa ( 車井戸)、チーガー Ciigaa ( 桶を手でたぐり上げて汲む井戸。『釣瓶井戸』)、フィージャーガー hwiizaagaa(湧き水を樋で引いたもの)、タチジャー 『tacizaa ([滝川]崖の中腹から湧泉で樋をかけていないもの。)』などの種類がある。

であって、
完全に日本語の「川」と対応するわけではないことが分かる。
そこで、問題の「クルス」だが、
確かに「クルス、kurusu」は日本語の「コロス、殺す、korosu」と対応している、
だけど、同じく『沖縄語辞典』によると、
[1]殺す。主として動物を殺すのにいう。
ソーグヮチウヮー クルスン。soogwaciwaa kurusuN.正月用の豚を殺す。
[2]打つ。なぐる。タタックルスン tataQkurusjuN などともいう。やや乱暴な語。上品には アティユン atijuNという。また、これに対し ショーグルシ sjoogurusi ( ほんとうに殺すこと) という語がある。

とあり、
今回、安里さんは人間に対してこの言葉を発しているため、
[1]の「殺す」の意味は成り立たたなくなり、
自動的に[2]の「打つ、なぐる」の意味で発せられていることになる。
やや乱暴な言葉とあるが、沖縄では幼稚園児の喧嘩でも使われる言葉だ。
辞典によっては「懲らしめる」という訳をつけているし、
私が「何かあればウチクルスサー」を訳すとすれば、
「アイツめ何かあったら僕は許さないからな」か、
「これ以上何かしたらオレが黙っていないからな」
という感じ、本人がいない時に誰かに愚痴を言うニュアンスだ。
勿論、文句を言うときの言葉なので丁寧なものではない、
しかし「ウチクルス」を発した人が、
「殺すと脅迫した」と見なされるのはどう考えても異常だ。
それがまかり通るなら、
「fuck」を連発するアメリカ人は全て
「レイプを予告する危険人物」として解雇されなくてはならないだろう。
パワハラで実際に安里さんを精神的に追い詰めた上司が、
沖縄人が沖縄で使う沖縄の言葉を誤訳し職を剥奪するというのは、
言語差別でありパワーハラスメントである。
解雇の決断にGOサインをだした沖縄防衛局もまた、
沖縄の言語文化を理解しないまま「制裁」処置を施したとして同罪だ。
安里さんのために私が出来ることがないだろうか。
沖縄の言語を学ぶ者としてとてもじゃないけど許せない事件だ。

  

Posted by shinakosan at 09:49Comments(11)TrackBack(0)ニュースの箱

2008年05月13日

PCの前にいない時

5月4日

沖縄市プラザハウスに行った。私の通うハラウのフラパフォーマンス、キュートなお衣装に身を包んだケイキたちが、キラキラのスマイルで観客を沸かせていた。プアオレナで一緒にお稽古をしているオピオちゃんたちがあどけない艶やかさで私の大好きなヘウイを踊ってくれた。そしてなんとクムとポーリーさんがステージに!私の言葉ではクムのフラを形容することはまだ出来ない、だから私の右隣に立っていた方の様子を書くとしよう。その人はラブラドールレトリバーがするように眉間にしわを寄せた上目遣いでステージを見つめ甘えたような声で「なんでこの人こんなに幸せそうなの?」と言った。そう、「幸せ」なんだよね、フラは。裸足の両足が大地に触れる感触、軽快なウクレレのリズムやイプヘケの音色に体を合わせる、チャントを演じ、自分が歌になるイメージ。私はまだ自分だけ楽しい。でもクムのフラは見ている誰をも幸せに出来るフラ。本当に美しくて憧れちゃいます。

それから泡瀬干潟に行って遊んだ。やっぱり遠くに広がる埋め立て工事の「白い壁」は健在だった。最近、自然の中に身を置いたときにしか見えない人間の美しさがある、という気がしている。隣を歩く男の人のその眩しそうな眼差しや貝を拾うしぐさをセクシーだなと感じる私が、例えば埋め立て工事の現場で汗を流して働くの男達の姿を見た時には一体どんな感情を抱くのだろう。未知数すぎて怖いのでそれ以上は考えないでおこう。その日はそれから大好きなシーサー作家のテッペイさんに教わり漆喰シーサーを作った。青空の下ビールを飲みながら海を見ながら好きなアーティストのご指導をあおり作るシーサー、なんて最高。出来はまぁまぁ、まぁこんなもんだろう。KEN子さんや海勢頭さんやまよなかさんといった沖縄ビックネームミュージシャンのライブも聴けたし楽しかった。埋立予定地を睨むテッペイシーサーが泡瀬の海を埋め立てから守ってくれますように。


5月9日

すごいおじさんがいた。床屋を営む知花さん。論文のためのインタビューということでビデオカメラを担いで行ったのに、カメラが壊れてせっかくの素晴らしい場面を映像で記録することは出来なかった。それはいいとして、彼のその人生は私の論文にチョッとだけ登場する程度ではもったいないという事が分かった。彼のライフヒストリーを、私はこの手で書き綴った方がいいだろうなという気がしている、かなりビビッときた。52歳のそのおじさんが52歳になるまでの、たった52年の間に沖縄では言語のシフトが起こった。この期間に日本語を話せない人はほぼいなくなり、逆に琉球語は絶滅の危機に瀕している。そのプロセスを彼はサラリとありのままに、それも写実的に生き生きと話した。沖縄の言語環境の変容が彼の人生そのものであるということ。けれどおそらく学校で方言札をかけられた最後の一人であろうその知花さんに、彼のお話を書いてプレゼントしたら、彼は果たして嬉しいだろうか。いやいや、もしかしたら彼をすごいと思うのは研究者の皮を被った私のエゴなのかもしれないぞ、私ももしかするとこれまで土足で他人の生活に入り込んでは嬉々としてやりたい放題やった80年代の研究者みたいに、標本を作って楽しみたいだけなの?エシックスの問題に答えはない、だから余計に丁寧になりたいと私は思う。


5月11日

ウチナーグチ・サロン、ニヌファブシ。大田さんのウチナーグチのスピーチは素晴らしかった。私も早くああやって話せるようになりたい。ヘリテイジを受け継げなかった私たちヤングオキナワンは、外国語のようにウチナーグチを学ばなくてはいけない、なんだか滑稽。その日は母の日ということで、南風原文化センターの館長さんからアンマーたちへお花のプレゼントがあった。私はちっともアンマーじゃないのに、もしかしたら将来チャンスがくるかもしれないからということで、特別私にもお花を下さった。鉢に入った可愛らしいインパチェンスだった。

南風原ユースというグループの招待を受けたので、ニヌファブシの皆で1フィートの会の沖縄戦フィルム上映会に。心の準備をせぬまま見る戦争の映像は、いつも以上に心臓を押し付け、顔を強張らせた。アメリカ軍が記録した沖縄戦、アメリカ軍の視線で見るウチナーンチュ、火炎放射器、日本軍、朝鮮慰安婦、家屋や亀甲墓、死体、死体、そして死体、それから沖縄の自然。那覇にも緑が茂っていた、護岸にはテトラポットが一つもなかった、私はそんな沖縄を初めて見た。畳一畳に一発の割合で打ち込まれた爆弾。それから、ウチナーグチのリバイバルを楽しみにしている私たちには日本軍の出した「沖縄語をもって談話しあるものは間諜として処分す」(ウチナーグチを話したらスパイ容疑で処刑しますということ)という軍令を再度見るのも本当に辛かった。戦争は、県民の4分の1を殺し、世界遺産級の遺跡を破壊し、有形文化財を燃やし、そして言語をも死へ追いやった。目取間さんの本のタイトル通り沖縄はまだ「戦後ゼロ年」、沖縄に選択肢はない。「戦争はもう嫌、戦争の道具を置かないで」という願いは今も届かない。言葉遊びや嘘っぱちの道徳などでは決してない、当事者であるがゆえに表現しざるを得ない「平和の探求」というものがあるのかもしれない。南風原ユースのこれからの活動に期待しようっと。

ものすごい一日。それから大学にもどり、ジーシェルターというアンダーグラウンドのバーへ。なんと宜野湾のその小さなバーに、アフリカンアメリカンスタディーズの権威でプリンストン大学教授のコーネル・ウェストさんが来るというのだ。(ウェストさんについてはウィキペディアしてください、それにしてもアウトキャストやジルスコットとヒップホップのCDを出すなんてかなりヒップなおじさん!)まずは沖縄が誇るラッパーfrom具志川、カクマクシャカさんのパンチの効いたライブでパーリーナイトが始まった。「民のドミノ」は勿論だけど「アレの話はやめとこう」という私が一番好きな曲も披露してくれた。アレの話とはつまり「基地」の話。沖縄では宗教や政治よりもなによりも「基地」の話はタブーです。家庭で、職場で、学校で、カップルで、モアイで、基地の話をすればすぐに危ない人だと思われる。「平和、平等が支配する日本 Tabooな話はしないのが基本食えなくなったって良いなら話しな 家族がいるなら絶対なしだ」とシャウトするカクマクさん。沖縄最大のタブーを歌ったこの曲、沖縄に関係・関心のある人は絶対聞くべきだと思う。コザ暴動のフィルムを少しみて、ブラックパンサーが新聞にコザ暴動でウチナーンチュが黒人を襲わなかったという事象を紹介したという話は初耳で興味深かった。そしてついにウェストさんのスピーチ。哲学者らしい言葉の選び方、本質は何で正義がなんであるかを知っていれば私たちは一つだし、希望のために立ち上がれるということをしきりに訴えていた。短い時間だし講演会ではなかったので、例えば沖縄問題について彼の具体的な見解やメッセージをもらえたりはしなかったけど、彼をリスペクトする皆で、彼がどのくらい沖縄をリスペクトしているのかを感じることが出来たのはものすごく有意義だったと思う。合意してないの森さんのヘアースタイルとメガネにウェストさんに通ずるものを見つけた私は、これから彼とも色々話してみたいと思ったよ。

一緒に行ったTEAM RYUKYUの方々と別れがたくて居酒屋に行った。2時まで私たちが語ったことは、それはそれは単純で、そして遠くて長くて険しい道のりのことだったと思う。とにかく分かっていることは、今の沖縄はとても異様だということ。貧乏で、失業率や自殺率が高くて、自給率は30%代で、島の20%を米軍基地とか自衛隊基地で覆われていて、基地交付金で海を埋め立て山を削り、ヤンバルクイナやジュゴンを無視して、ジャスコを沢山作りわずかな金まで日本に送ってる。植民地主義はメタボや言語の消滅として現れてる。それに開発ばかりしてたら何年か先には唯一の産業である観光でも食っていけなくなる。お先真っ暗な私たちの沖縄。なぜか沖縄に生れ落ちた私たちは、ウェストさんの言葉を借りると「寝ながら歩く(諸問題に目をつぶり生活する)」わけにはいかないので、少ない知恵をかき集めて「どうにかしたい」ことについて語らう。私の問題であり貴方の問題であり「私たち」の問題である、この沖縄について話せる仲間がいるうちは、もしかしたら私は沖縄に押しつぶされないでやっていけるのかもしれないなー。


5月12日

ビールか車かで、ビールを選んだ私は大学に車を置いていたので、拓朗さんに頼んで西原シティまで同乗させてもらった。そこからはバスで行くからと車を降りたものの、バス停に着くとバスは1時間後にしか来ないことが分かった。読みたい論文があったので「ちょうど良い」と鞄を開けてベンチに座ったものの、朝にしては厳しすぎるジリジリと肌を焦がす太陽に耐えられなくなり、もしかしたら木陰のあるかもしれない次のバス停まで歩いた。「木陰なし、じゃぁ次だ」と繰り返しているうち大学まで歩いてしまった。うねうねと裸の枝や幹をさらすデイゴの木には息を呑むほど美しい朱の花がついていた。リュウキュウアサガオが這う道や虫を咥えたイソヒヨドリを発見してときめいてしまった。木の陰に入ったときのあのひんやりとした空気、私の一歩前をひらひら舞い踊る蝶、私を心配してクラクションを鳴らしてくれる車たち、後ろを振り返るとエメラルドグリーンの海、思いがけず贅沢な朝のウォーキングタイムを手に入れて本当に幸せな気持ちになっちゃった。
  

Posted by shinakosan at 10:52Comments(2)TrackBack(0)本日のshinakosan

2008年05月09日

曾祖父と嘉手納基地



昔々、沖縄で生まれ育った私の曾祖父は、プランテーション労働者としてサイパンに渡った。そして遣り繰りして貯めたわずかばかりのお金を沖縄にいる親戚に送り、小さな小さな土地を買った。玉砕の島で戦争にあい、生きて沖縄に帰ることが出来なかった曾祖父。息子である祖父は、曾祖父がやっとの思いで手に入れたその小さな小さな土地に住み、死んだ曾祖父の分まで頑張ろうと思っていた、沖縄に来るまでは。けれど沖縄に着いたところで、私の祖父はその土地を踏むことが出来なかった。そう、その土地はフェンスの中。そして今も祖父は、曾祖父の生きた証のその土地を、見たことが、ない。


論文のためのフィールドワークで読谷に行った。58号線を北上すると両側をフェンスで囲まれる。ちょうど基地の中を通らせてもらっているような印象だ。帰り道に何故だか上記のストーリーが頭を過ぎったので、少し道草して嘉手納道の駅へ行ってみた。嘉手納の空は今日も青く戦闘機はうるさかった。曾祖父の土地は一体、広大なこの基地のどの辺りにあるのだろう。  

Posted by shinakosan at 20:52Comments(6)TrackBack(0)沖縄