2008年07月15日

アメリカ先住民の子どもたち

BOOK REVIEW


アメリカ先住民の子どもたち―父さんは太陽、母さんは大地
アーリーン・B. ハーシュフェルダー (編集), ビヴァリー・R. スィンガー (編集),
Arlene B. Hirschfelder (原著), Beverly R. Singer (原著), 愛川 信子 (翻訳)
明石書店 (1997/03)



「ネイティブオキナワンの私」
というアイデンティティを語りたい私にとって、
ネイティブアメリカンの子どもたちが書いた、
その全ての一つ一つがいちいち涙が出るくらいに感動的だった。
訳の仕方からしてきっとこれらは、
英語で書かれたものを和訳したのだろう。
ネイティブアメリカンの子どもたちは、
ネイティブオキナワンの子どもたち同様に、
ネイティブの言葉を話せない。
言葉、祈り、衣装、習慣、思想、思考、
動植物、土地、夢、歴史、身体。
そういうものを取り上げられた私たちネイティブの子どもたちは、
それでもネイティブネスを欲しいと思っている。
完璧に出来ない誰かの真似をして生きることに、
恐ろしいほどの息苦しさを感じている。
私が私のネイティブネスを手に入れられるのはいつだろう。


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この記事へのコメント
オキナワのネイティブネス、・・・どんなものだろう?
自分自身は自分のネイティブネスを意識したことはないからなぁ。・・・・・ (^^;)
「取り上げられた」、「奪われた」って感じるモノ?
アイヌの人達はネイティブアメリカンと同じように先住民族だけど、ネイティブオキナワンも先住民族?

それは兎も角、「チョーチカ、チョーチカ、チョーチカ」や「蓮祭り」の記事、いいね!
伝わってくるモノがある。
情報としても、ありがとう。
色々と聞いてみたいことが有るけれど、お忙しそうだから遠慮しておきます。(笑。)

上野不忍池にも蓮は沢山あるけれど、そちらはやはり南国の雰囲気。
<睡蓮は・・・葉は水を弾きません。>
そうだったっけ?
ウチの睡蓮で試してみる。・・・・・あっ、ホントだ! (^o^)
Posted by カムイ at 2008年07月16日 13:37
>カムイさん
 例えば、私は琉球語の那覇方言の学習者ですけど、しまくとぅばでいいたいことが山ほどあるのに口をついて出てきません、そういう時本当にもどかしいし「取り上げられた」って思います。あとうちなーんちゅで「あの人は訛ってる」としまくとぅばが上手な友達をからかったりする人を見ると、ネイティブネスが「奪われた」と感じます☆☆☆
 蓮と睡蓮への水掛け実験、実は東南植物楽園でやったんですー、楽しかった☆☆☆
Posted by shinakosan at 2008年07月16日 15:58
ぜひ読んでみたい☆
Posted by えみ at 2008年07月17日 12:33
 先日、やっとアイヌが先住民族だと認められましたよね。これまで、日本は単一民族で、単一言語で・・・なんて言ってた人たちの反応はどうなんだろう。
 言葉とそれに繋がる文化を奪われたものの一人として、伝えられてきたものが理解できないことやウチナーアビーができないことには、もどかしく哀しい
ものがあります。ワジワジースシガ、チャーンナラン。(怒りがこみ上げるが、どうにもならない)。
 さてさて、琉球民族は先住民族と認められるかな?今の日本と沖縄の関係では無理なのかな?shinakosan世代で変えていけるかな・・・。たのむじぇ!
Posted by k5g at 2008年07月17日 23:31
>えみさん
 ぜひ読んでください!

>k5gさん
 いぇーい!頼まれちゃおうかな(笑)!
 アイヌ、本当にうれしいですね。もちろんアイヌを先住民と認めたとしても、今の日本では何も変わらないのは事実ですし、サミットを無事に成功させるためのガス抜き的なパフォーマンスに過ぎないことは確かですが、それでも、先住民としてはじめて認めたというのは本当に喜ばしいことですよね。
 沖縄は先住民ですよねー!最近国連に沖縄を先住民として認めろというアプローチをしているグループがありますね、すばらしいと思います。この土地が生まれてから、この土地とともに、この土地に寄り添って生きてきた私たちを先住民と認めないのならば、それはやっぱり植民者の暴力性の話になってくると思いますー。
Posted by shinakosan at 2008年07月18日 08:13
今いる場所に自分の「ネイティブネス」を手に入れる、あるいは「ネイティブネスを生き」られていない私は、時々根っこを探し求めて、迷い迷い歩いています。

私も話してみたい、ここに活きていた言葉を。
私も唄えるようになってみたい、ここで子どもたちに向けて歌われていた子守歌を。
私も踊れるようになってみたい、ここで祭りのときに踊っていた踊りを。

いつでも誰かに何かを強いながら生きる、なんてことをしないように。


相手の文化や生に自分(たち)を強いないこと。
それぞれの「ネイティブネス」を、尊重しあえますように。

shinakosan、私はいつも肩に力が入ってしまう。
でも今日ふっと力を抜いて、相手に強いないこと、を生きてみようと思います。
Posted by gako at 2008年07月25日 10:00
>gakoさん
 メッセージありがとうございます。
 私も無意識のうちに沢山の人々に「不条理」を強いて生きています。
 携帯電話だって持ってるしカップヌードルだって食べている、
 そうやって世界の人々を時には死に追いやりながら、
 私が本当はどこから来てどうやって生きていたのか、
 私は本当はどこでどうやって暮らしたいのかもわからないまま、
 なんとなく分かった気で生きていると思います。
 ミクロとマクロと両方の視点を持ち、
 ローカリーとグローバリー両方を同時に考え行動してみたい、
 この気持ちだけにはこだわってみようと思っています。
 未来のネイティブな私のために!なにができるかしら? 
Posted by shinakosan at 2008年07月25日 14:28