嘉手納町の話

shinakosan

2009年11月30日 11:12



次に嘉手納町の話。
勿論知ってると思いますが、嘉手納町の83%は米軍基地です。
嘉手納飛行場、嘉手納弾薬庫地区、陸軍貯油施設があります。

嘉手納基地の1年間の離着陸件数は約7万回です。
そのうち半数以上の約4万件は70デシベル以上の爆音です。
深夜早朝(22:00~06:00まで)の爆音発生回数は4千回を超えます。
1日平均12回は深夜早朝にも爆音を聞く生活です。

「午後10時から午前6時までの飛行を原則禁止し、運用上、必要なものに制限する」
とする騒音防止協定が1996年日米で結ばれたものの、全く守られていません。

2006年5月の日米合意では嘉手納に配備されている戦闘機の訓練の一部を、
本土の航空自衛隊基地に移転し騒音を軽減いたします、ということでしたが、
結局、戦闘機3機から5機が1週間嘉手納基地を留守にする代わりに、
3ヶ月間12機のステルス戦闘機F22が嘉手納に来て訓練をし、
岩国基地からは30日間F18ホーネット30機が来て訓練を行ったため、
負担は軽減するどころか増加したという現状があります。

他にも嘉手納町では破壊された滑走路を修復することを想定した訓練が行われています。
基地が攻撃されたと仮定した即応訓練は申し入れもなく突然始められます。
ある日突然、模擬爆弾が爆発し、
GBSと呼ばれる地上爆発模擬装置による爆発音が鳴り響き煙が上がります、
基地から基地の外に向けて設置してあるスピーカーからは、
けたたましいサイレン音と緊急事態のアナウンス、
勿論、嘉手納基地は住宅地や国道のすぐ隣にあるため住民は生きた心地がしないそうです。

2004年には隣接する嘉手納高校に煙幕が流れ込み、
生徒らが目やのどの痛みを訴え、教室外に避難する騒ぎも起りました。
翌年も、同じような訓練をして住民を恐怖に陥れた米軍に対して、
嘉手納町長や町の職員らは、住宅地のすぐ側での訓練を辞めるよう申し入れをしました。

次回以降はフェンスの近くではなく、基地の中央で住民に迷惑がかからないように、
スピーカーも基地の外ではなく内の方向に向けて訓練を行うとの快諾があったそうです。

しかし、その翌日、2005年8月15日午前8時15分ごろ、
今度は嘉手納町役場の目と鼻の先、フェンスから約2mの距離で同訓練が行われました。
通勤時間ということもあり、フェンスと役場の間にある駐車場には多くの職員がいたそうです。
爆発や爆発音、サイレンの影響で体調不良を訴える職員も多くいたそうです。
現場付近の役場駐車場には金属片や爆薬の一部とみられる破片が多く見つかりました。

後に嘉手納町は「基地使用協定に関する町民会議」をまとめ防衛庁に提出しましたが、
国は日米両政府が結んだ「航空機騒音防止規制措置」があるとしてこれを拒否。

嘉手納の負担は一つも軽減されていません。
それに加えて、普天間基地の嘉手納統合案が持ち上がるというのは、
日本の政治家は嘉手納の状況を全く分かっていないのではないでしょうか?

しかも、現段階でも、新嘉手納爆音訴訟を見れば明らかな通り、
騒音の違法性は認定されても、夜間と早朝の飛行差し止め請求は棄却されています。
ただでさえ爆音を止めるのが難しいこの地です、さらなる負担を容認できるはずがありません。
岡田外相は「騒音レベルが今以下になるということが大前提」などと言う前に、
実際に現在の嘉手納爆音の被害を一刻も早く軽減して見せてほしいと思います。