2007年05月31日
中欧3カ国4都市ツアー2007
「shinakosan僕らの旅に同行しませんか。」
私の弟や妹位の年頃の若い学生さん達に誘われて嬉しくなった私の指は次の瞬間ライアンのチケット購入のボタンをクリックしてた。何処に行くのか何をするのかも尋ねないまま、とりあえず飛行機に乗っちゃった感じ、ポーランドに引き続き二度目の中欧、3カ国4都市の旅がスタート。
→→→ブラチスラバ(スロバキア)
空港だけ使ってスルーする予定だったスロバキア、「せっかくだからお茶でもしましょう」と誘ったのが悪かった。ウィーン行きのコーチを逃してしまい、その埋め合わせをしようと早とちりで飛び乗ったバスはウィーンではなくブラチスラバ市内に向かうものだった、言葉もできず現地通貨も持っていない私達を強面のバスのおじさんがしょうがないなーという感じでタダ乗りさせてくれた。市内に降ろしてもらったもののバスターミナルがどこだか分からない。信号待ちのおじさんに道を聞くとどんどん人が集まってきて皆でスロバキア語とか英語とかジェスチャーとかで道案内をしてくれた。キャッシュがない私達は大荷物を抱え歩いてバスターミナルを目指した。30度を超える気温とじめじめした湿気が、からっと涼しい英国の春に甘やかされた私の肌にまとわりつき、私はほぼ一年ぶりに「暑ーい」という単語を発し幸な気分になった。大通りを歩くとすれ違う人も車もまるで宇宙人でも見るかのように視線を投げてくれる、人種の入り混じる居心地良いロンドンでは味わえないストレンジャー気分を味わうのもなかなか良いので、いちいちスマイルを返したりした。歩けど歩けどターミナルにたどり着けないのでスロバキア美人に道を聞くと「そこまで一緒に歩きましょう」と乗り場まで連れて行ってくれた。私は沖縄に来る観光客の方達にこんなに優しくしてるかしら?と振り返り今日からは『ツアリストフレンドリーshinakosan』になることに決めた。おじさん達やスロバキア美人のおかげで私のスロバキアの印象はかなり良いものになり、いつかスロバキアをじっくり廻る旅をしようと思った。空港から出るバスよりも2ユーロほど安いコーチのチケットを買い、スロバキア人の暖かさに触れ、バスからはドナウ川越しにブラチスラバ城も見れて、思いがけないナイスな回り道だった。
→→→ウィーン(オーストリア)
音楽の都ウィーン。こういうところはもっと大人になってから来るのだと思っていたけど思いがけず足を運べることになった。世の中タイミングだ、時の流れに身を任せ『来るもの拒まず去るもの追わず』の精神でいこう。地下鉄に乗り込みホステルに向かった。手動開閉式のドアには独語と英語で「鋭く引け」と書いてあった。手首を使ってシャープにガチャンとやらないとドアは開かない、なかなかコツがつかめず一人前にドアが開けれるようになるまでに数回かかった。ユースホステルに着くと「今日は空いているから」とプライベートルームに泊まらせてもらえることになった。ラッキー。郊外にある空気の綺麗な『糸満青年の家』みたいなホステルに荷物を下ろし、街に戻りぶらぶらしてモザイクの屋根が可愛らしいシュテファン教会やオペラ座を見た後、この夜最大のイベントに参加する為、マリアテレジアの愛した黄色のバロック様式のシェーンブルン宮殿の庭園へ。なんでもあのウィーンフィルが年に一度無料の野外コンサートを行っているらしくまさにこの日がそうだった。去年は8万人が参加したというビックイベント(今年は何人いたのかな?)。素人の私でも分るような一般向けの『くるみ割り人形』『白鳥の湖』『春の祭典』という演目が嬉しい。星空の下、地べたに体育座りしパンを齧りながらクラシック音楽とバレエを楽しむ、なんて贅沢な夜だ。ちなみにオーストリアの大統領もクリントン元米大統領も来ていた。翌日は朝一でベルヴェール宮殿に行きクリムトの『接吻』を鑑賞した後ブダペスト行きの列車に駆け込み乗車した。冷房の入っていない車両で、車内販売の冷え冷えのビールで喉を潤しスーパーで買ったパンやハムやチーズやピクルスを食べながら「チャララランララーラランラーラ♪」と『世界の車窓から』のテーマ曲を歌いトランプもしちゃったりなんかして青春の清らかさで電車の旅を満喫した。
→→→ブダペスト(ハンガリー)
ブダペストの東駅に着いてすぐ、なんか妙にピンと来てこの街のことが好きになる予感に襲われた。一歩一歩を踏みしめる度予感が確信に変わり百歩目くらいからはスキップしてもいいくらいに胸が高鳴り同時に何故か懐かしい気がしてる私がいて面白かった。目抜き通りに面したホステルに荷物を置いて散歩に出た。西駅にある世界一高級なマクドナルドを覗いた後(マックのくせにシャンデリアがあった)、ドナウ川を挟んだブダとペストでいうとペスト側の土手を歩いてくさり橋まで出た。ネオゴシックの国会議事堂の美しいこと!これを見て「大きくなったらこの建物の中で働きたい」という動機で国会議員を志す子どもが沢山もいいと思うくらい素晴らしかった。議事堂前には真ん中のくり抜かれた国旗(社会主義との決別を表すそう)が立っていて、対岸には王宮や漁夫の砦が堂々そびえている。地下鉄で市民公園まで向かおうと階段を下りると、もう何と言って良いか分かんないくらいキュートな地下鉄のホームと車両が出迎えてくれた。ロンドンに続いて世界に二番目に古い地下鉄は世界遺産に登録されているそうで、遊園地みたいなレトロで可愛いサブウェイに乗り込み市民公園へ。温泉に入ろうと思ったけれどお腹が空いて仕方がなかったのでカフェを探しに南西に向かった。どうして探してない時には沢山あって探し出すと見つけられないのだろう、値段・味・雰囲気・メニュー、全てに合格する場所を探すのにかなり手間取った後、地元の人でごった返すスープ屋さんを発見。メニューは読めないし後ろは詰まってるしで焦ったけれど指差しで緑色したスープを頼むとフェンネル(ウイキョウ)のポタージュだった。琉球語では『いーちょーばー』。じゅーしー(沖縄風炊き込みご飯)や沖縄てんぷらに入れるいーちょーばーをポタージュスープに混ぜて食べるというのはとても面白いアイディアでだ。満腹になってホステルに戻りお昼寝した後、大好きなトカイワインを飲むべく街に繰り出した。世界三大貴腐ワインの一つですごく香りが高く、濃厚であまーいトカイワインをレストランのテラス席でピアノの生演奏を聞きながら心行くまで楽しんで一人1000円ちょい、ブダペストさんありがとう。
太陽の光で目を覚ましたのにまだ朝の6時、日本の夏だと11時くらいの明るさだ。ベランダで朝食を済ませてオーブダへ。汗をかきながら『世界不思議発見』が絶対クイズを出す前のショットに選ぶようなミステリアスで古めかしい坂を上ると突然目の前が開けてマーチャーシュ教会が現れた。こちらもモザイクの屋根が可愛らしい。そして、右手にはブダペストの絶景!美しすぎて力が抜けた。きらきら輝く川面と『ドナウの真珠』と呼ばれ世界遺産に登録されている街並みを一望できる砦の一角のカフェでハンガリー産の薬草のスピリッツをちびちびやりながら(一応午前中)しばしブダペストの街を眺め、その後王宮サイドに出てそこいらを散歩してペストに戻り、私のこの旅の最大の目的地セーチェニ温泉へ。セーチェニ温泉は湯船につかることの少ないロンドン暮らしでぱさついた私の体と吉田集而の『風呂とエクスタシー―入浴の文化人類学』を読んで以来世界のお風呂に興味津々の私の知的好奇心を満たしてくれた。アジア人がいないのでここでも珍しそうにジロジロ見られ、「ハハハ、どうだ見てみろ私がエイジアンだ」と大腕を振って歩きたいところだったけど一年間ほったらかしで締りのない腹筋なのでタオルで隠しながらコソコソ歩いて余計に目立ったりした。室内には様々な温度の温泉とサウナがあり、日本の温泉みたいに必ずしも熱くなのと天井が高いのとで湯気がこもらず快適だった。装飾された天井を眺めながら入る温めの薬草温泉がたまらない。野外では太陽の光を存分に浴び肌を日に焼きながら暖かい温水に浸かるという初めての感覚が最高だった。数時間遊んだ後は着替えて急ぎ足でオペラ座へ、400円でチケットが買えたのでロンドンでも見た『スペードの女王』を鑑賞することに。チャイコフスキーだから歌はロシア語で字幕はハンガリー語。場面展開に付いていくのが難しかったけれど、なんとか4時間半の超大作を見切った。ヒーローヒロインの顔は好みじゃなかったけど声とオペラ座内の装飾が私好みだったので幸せだった。ホステルに昼間買って冷やしておいたトカイワインとシャンパンを取りに戻り、オーブダが一望できる川沿いにピクニック(ピクニックって夜にも使える?もーあしびーの方がいい?)に出かけた。『ドナウの薔薇』とも形容される王宮サイドの夜景はこれまで見たどの夜景よりも繊細で綺麗だった。一人800円でこんなに贅沢なピクニックができるなんてハッピーハッピーだ。
→→→ザルツブルク(オーストリア)
早起きしてバスに乗り込み一旦ウィーンに帰って電車までの時間ホテルザッハーでザッハトルテを食べ(あぁ思い出すだけで涎が)、『世界の車窓からパート2』をした。今度の車両はとりあえず窓を開けることができたので涼しい風を受け段々見えてくるアルプスの山々に喚起の声を上げながら約3時間でサウンドオブミュージックの、モーツアルトの、そして三都主と恒様のザルツブルクに到着。涼しく空気の綺麗な駅に着くとオリンピック2014キャンディデイトの垂れ幕があった。私の手違いでザルツブルクではホステルを押さえられなかったのでホテルに泊まることになっていて、バスを乗り継ぎ3つ星のホテルにつくとラブリーなロッジに通された。マウンテンビューの素敵なお部屋の、二段ベッドじゃないベッドと広いバスルームのバスタブとキュートな花柄の壁紙に一同大興奮。市街地に繰り出す頃、何故だか話が噛み合わないことに気づいて旅仲間に質問してみると、これまた何故だか分からないけど私だけ翌日朝一のフライトで帰るチケットを買っていた事が発覚(笑)。一日しかないので「終電まで歩きまくわよ」と張り切って、まずはやっぱりホーエンザルツブルク城を目指すことに。ケーブルカーを使わず民家の脇を通りどんどん斜面を登って行った。高台からはオキナワンの私が滅多に目にすることのない雪をかぶった壮大な山々とこれまた世界遺産の美しい街並み。コンサートに繰り出す地元の人たちが民族衣装に身を包んでるのも乙だったし、ザルツブルクのビールも乙だったし、難攻不落の城壁の中のキュートで田舎っぽい生活感も乙だった。ウィーンの様なポッシュ感はないけど、上品で清楚で優雅で『余裕』を感じさせる落ち着いた街並みを私は随分気に入り、今度はザルツブルク大学(宮殿みたいな建物だった)に留学しようかなと思った。今度は川の向こう側に行きサウンドオブミュージックでマリアのいた修道院やモーツアルトの生家などを見て回わり『ドレミの歌』で有名なミラベル庭園ではちびっ子をナンパして一緒に感動のラストシーンを再現。暗くなってきたのでカフェのテラスに座りビールを飲んだ後スパークリングワインで最後の夜を楽しんだ。夜風が優しく髪を撫でるのでことさら名残惜しい気分になった。ホテルに帰りゆったりバスタブに浸かり旅の疲れを癒しザルツブルクの一日に幕を下ろした。
→→→ロンドン(イギリス)
朝食前に少し散歩をしようと思い立ち一人部屋を出た。小川を辿って歩いていくと住宅地に入った、朝っぱらから知らないエイジアンが家の前をうろついてたら驚くだろうなぁと思ったので『だらだら歩きの不審者』から『爽やかな朝のジョガー』にイメチェンした。同じスペース同じ屋根の高さなのに一つ一つの家の造りが相当違っていて楽しい。もう少し行くと本当のジョギングコースがあったのでスピードアップし山を見ながら随分遠くまで走った。朝食の時間になったので急いで戻るとレストランでは朝練を終えてサッカーの試合に向かうというドイツの中学生集団と一緒になった。ドイツ語が出来ないので挨拶だけして黙々ご飯を食べようと思ったら「何で走ってた?そんなにお腹が空いてるのか?」「コーヒーに砂糖が欲しいか?」「スシと友達か(多分高原のこと)?」「彼氏いる?」「俺とアイツとどっちの髪がいけてる?」と質問攻めにあい、ほとんど言葉が通じてないのに大爆笑しながらブレックファーストを食べた。母校の剣道部を引率して全国大会に行ったりしてた頃を思い出しついついはしゃいでしまった。部屋に戻り、私をこんなにも素晴らしい旅に連れ出してくれた素敵な素敵な仲間達に別れを告げ、一時間遅れのライアンエアに乗りロンドンへ帰ってきた。英語の文字にホッとし、ブリティッシュアクセントの入国審査官と冗談を交わし、荷物受け取り所で大学の友人にバッタリ会い、市内までのコーチに知り合いが乗ってきたりしてなんだかすっかりロンドンが私のホームになってることを実感。曇り空で肌寒いイギリスに戻っただけでこんなに「ただいま」という気分になるのだから7月に日本に、そして沖縄に帰ったらどうなるんだろう?
それにしても良い旅だった。やっぱり私は旅が好きだ、若いうちは『百聞は一見にしかず』をテーマに旅をしようと思っている。高級なものを味わう土台はまだないのでバックパッカーに毛が生えたくらいの格安ツアーでいい。航空券だけ握り締め足が棒になるくらいまで歩いて歩いて歩きまくろう。世界には色んな人がいて、色んな言葉で話し、色んなお酒を飲み、色んなのを食べ、色んな事を考えてる、だけどやっぱ所詮みーんなただの人間なんだというのを感じたい。一度でも足を運んだ国のニュースはもう『外国のニュースだって、ふーん』ではなく『行ったことある国のニュースだ!詳しく見てみよう』になる、同様に外国人の友達を作ると『外国のニュースだって、ふーん』ではなく『友達の国のニュースだ!詳しく見てみよう』になる、そうやって世界と繋がっていくことが私にとっては大事なことだったりする。グローバリゼーションは嫌いだけど、グローバルにものを見れる人間にはなりたいと思う。そんでもって大きくなったらグローバルに思考できるようになった脳で自分の生まれ落ちた小さな島のことを分析したり少しでも貢献できるように知恵を絞ったり出来る様な人になりたい。大きくなったらね、今はまだ修行中。
私の旅はまだまだ続く☆
私の弟や妹位の年頃の若い学生さん達に誘われて嬉しくなった私の指は次の瞬間ライアンのチケット購入のボタンをクリックしてた。何処に行くのか何をするのかも尋ねないまま、とりあえず飛行機に乗っちゃった感じ、ポーランドに引き続き二度目の中欧、3カ国4都市の旅がスタート。
→→→ブラチスラバ(スロバキア)
空港だけ使ってスルーする予定だったスロバキア、「せっかくだからお茶でもしましょう」と誘ったのが悪かった。ウィーン行きのコーチを逃してしまい、その埋め合わせをしようと早とちりで飛び乗ったバスはウィーンではなくブラチスラバ市内に向かうものだった、言葉もできず現地通貨も持っていない私達を強面のバスのおじさんがしょうがないなーという感じでタダ乗りさせてくれた。市内に降ろしてもらったもののバスターミナルがどこだか分からない。信号待ちのおじさんに道を聞くとどんどん人が集まってきて皆でスロバキア語とか英語とかジェスチャーとかで道案内をしてくれた。キャッシュがない私達は大荷物を抱え歩いてバスターミナルを目指した。30度を超える気温とじめじめした湿気が、からっと涼しい英国の春に甘やかされた私の肌にまとわりつき、私はほぼ一年ぶりに「暑ーい」という単語を発し幸な気分になった。大通りを歩くとすれ違う人も車もまるで宇宙人でも見るかのように視線を投げてくれる、人種の入り混じる居心地良いロンドンでは味わえないストレンジャー気分を味わうのもなかなか良いので、いちいちスマイルを返したりした。歩けど歩けどターミナルにたどり着けないのでスロバキア美人に道を聞くと「そこまで一緒に歩きましょう」と乗り場まで連れて行ってくれた。私は沖縄に来る観光客の方達にこんなに優しくしてるかしら?と振り返り今日からは『ツアリストフレンドリーshinakosan』になることに決めた。おじさん達やスロバキア美人のおかげで私のスロバキアの印象はかなり良いものになり、いつかスロバキアをじっくり廻る旅をしようと思った。空港から出るバスよりも2ユーロほど安いコーチのチケットを買い、スロバキア人の暖かさに触れ、バスからはドナウ川越しにブラチスラバ城も見れて、思いがけないナイスな回り道だった。
→→→ウィーン(オーストリア)
音楽の都ウィーン。こういうところはもっと大人になってから来るのだと思っていたけど思いがけず足を運べることになった。世の中タイミングだ、時の流れに身を任せ『来るもの拒まず去るもの追わず』の精神でいこう。地下鉄に乗り込みホステルに向かった。手動開閉式のドアには独語と英語で「鋭く引け」と書いてあった。手首を使ってシャープにガチャンとやらないとドアは開かない、なかなかコツがつかめず一人前にドアが開けれるようになるまでに数回かかった。ユースホステルに着くと「今日は空いているから」とプライベートルームに泊まらせてもらえることになった。ラッキー。郊外にある空気の綺麗な『糸満青年の家』みたいなホステルに荷物を下ろし、街に戻りぶらぶらしてモザイクの屋根が可愛らしいシュテファン教会やオペラ座を見た後、この夜最大のイベントに参加する為、マリアテレジアの愛した黄色のバロック様式のシェーンブルン宮殿の庭園へ。なんでもあのウィーンフィルが年に一度無料の野外コンサートを行っているらしくまさにこの日がそうだった。去年は8万人が参加したというビックイベント(今年は何人いたのかな?)。素人の私でも分るような一般向けの『くるみ割り人形』『白鳥の湖』『春の祭典』という演目が嬉しい。星空の下、地べたに体育座りしパンを齧りながらクラシック音楽とバレエを楽しむ、なんて贅沢な夜だ。ちなみにオーストリアの大統領もクリントン元米大統領も来ていた。翌日は朝一でベルヴェール宮殿に行きクリムトの『接吻』を鑑賞した後ブダペスト行きの列車に駆け込み乗車した。冷房の入っていない車両で、車内販売の冷え冷えのビールで喉を潤しスーパーで買ったパンやハムやチーズやピクルスを食べながら「チャララランララーラランラーラ♪」と『世界の車窓から』のテーマ曲を歌いトランプもしちゃったりなんかして青春の清らかさで電車の旅を満喫した。
→→→ブダペスト(ハンガリー)
ブダペストの東駅に着いてすぐ、なんか妙にピンと来てこの街のことが好きになる予感に襲われた。一歩一歩を踏みしめる度予感が確信に変わり百歩目くらいからはスキップしてもいいくらいに胸が高鳴り同時に何故か懐かしい気がしてる私がいて面白かった。目抜き通りに面したホステルに荷物を置いて散歩に出た。西駅にある世界一高級なマクドナルドを覗いた後(マックのくせにシャンデリアがあった)、ドナウ川を挟んだブダとペストでいうとペスト側の土手を歩いてくさり橋まで出た。ネオゴシックの国会議事堂の美しいこと!これを見て「大きくなったらこの建物の中で働きたい」という動機で国会議員を志す子どもが沢山もいいと思うくらい素晴らしかった。議事堂前には真ん中のくり抜かれた国旗(社会主義との決別を表すそう)が立っていて、対岸には王宮や漁夫の砦が堂々そびえている。地下鉄で市民公園まで向かおうと階段を下りると、もう何と言って良いか分かんないくらいキュートな地下鉄のホームと車両が出迎えてくれた。ロンドンに続いて世界に二番目に古い地下鉄は世界遺産に登録されているそうで、遊園地みたいなレトロで可愛いサブウェイに乗り込み市民公園へ。温泉に入ろうと思ったけれどお腹が空いて仕方がなかったのでカフェを探しに南西に向かった。どうして探してない時には沢山あって探し出すと見つけられないのだろう、値段・味・雰囲気・メニュー、全てに合格する場所を探すのにかなり手間取った後、地元の人でごった返すスープ屋さんを発見。メニューは読めないし後ろは詰まってるしで焦ったけれど指差しで緑色したスープを頼むとフェンネル(ウイキョウ)のポタージュだった。琉球語では『いーちょーばー』。じゅーしー(沖縄風炊き込みご飯)や沖縄てんぷらに入れるいーちょーばーをポタージュスープに混ぜて食べるというのはとても面白いアイディアでだ。満腹になってホステルに戻りお昼寝した後、大好きなトカイワインを飲むべく街に繰り出した。世界三大貴腐ワインの一つですごく香りが高く、濃厚であまーいトカイワインをレストランのテラス席でピアノの生演奏を聞きながら心行くまで楽しんで一人1000円ちょい、ブダペストさんありがとう。
太陽の光で目を覚ましたのにまだ朝の6時、日本の夏だと11時くらいの明るさだ。ベランダで朝食を済ませてオーブダへ。汗をかきながら『世界不思議発見』が絶対クイズを出す前のショットに選ぶようなミステリアスで古めかしい坂を上ると突然目の前が開けてマーチャーシュ教会が現れた。こちらもモザイクの屋根が可愛らしい。そして、右手にはブダペストの絶景!美しすぎて力が抜けた。きらきら輝く川面と『ドナウの真珠』と呼ばれ世界遺産に登録されている街並みを一望できる砦の一角のカフェでハンガリー産の薬草のスピリッツをちびちびやりながら(一応午前中)しばしブダペストの街を眺め、その後王宮サイドに出てそこいらを散歩してペストに戻り、私のこの旅の最大の目的地セーチェニ温泉へ。セーチェニ温泉は湯船につかることの少ないロンドン暮らしでぱさついた私の体と吉田集而の『風呂とエクスタシー―入浴の文化人類学』を読んで以来世界のお風呂に興味津々の私の知的好奇心を満たしてくれた。アジア人がいないのでここでも珍しそうにジロジロ見られ、「ハハハ、どうだ見てみろ私がエイジアンだ」と大腕を振って歩きたいところだったけど一年間ほったらかしで締りのない腹筋なのでタオルで隠しながらコソコソ歩いて余計に目立ったりした。室内には様々な温度の温泉とサウナがあり、日本の温泉みたいに必ずしも熱くなのと天井が高いのとで湯気がこもらず快適だった。装飾された天井を眺めながら入る温めの薬草温泉がたまらない。野外では太陽の光を存分に浴び肌を日に焼きながら暖かい温水に浸かるという初めての感覚が最高だった。数時間遊んだ後は着替えて急ぎ足でオペラ座へ、400円でチケットが買えたのでロンドンでも見た『スペードの女王』を鑑賞することに。チャイコフスキーだから歌はロシア語で字幕はハンガリー語。場面展開に付いていくのが難しかったけれど、なんとか4時間半の超大作を見切った。ヒーローヒロインの顔は好みじゃなかったけど声とオペラ座内の装飾が私好みだったので幸せだった。ホステルに昼間買って冷やしておいたトカイワインとシャンパンを取りに戻り、オーブダが一望できる川沿いにピクニック(ピクニックって夜にも使える?もーあしびーの方がいい?)に出かけた。『ドナウの薔薇』とも形容される王宮サイドの夜景はこれまで見たどの夜景よりも繊細で綺麗だった。一人800円でこんなに贅沢なピクニックができるなんてハッピーハッピーだ。
→→→ザルツブルク(オーストリア)
早起きしてバスに乗り込み一旦ウィーンに帰って電車までの時間ホテルザッハーでザッハトルテを食べ(あぁ思い出すだけで涎が)、『世界の車窓からパート2』をした。今度の車両はとりあえず窓を開けることができたので涼しい風を受け段々見えてくるアルプスの山々に喚起の声を上げながら約3時間でサウンドオブミュージックの、モーツアルトの、そして三都主と恒様のザルツブルクに到着。涼しく空気の綺麗な駅に着くとオリンピック2014キャンディデイトの垂れ幕があった。私の手違いでザルツブルクではホステルを押さえられなかったのでホテルに泊まることになっていて、バスを乗り継ぎ3つ星のホテルにつくとラブリーなロッジに通された。マウンテンビューの素敵なお部屋の、二段ベッドじゃないベッドと広いバスルームのバスタブとキュートな花柄の壁紙に一同大興奮。市街地に繰り出す頃、何故だか話が噛み合わないことに気づいて旅仲間に質問してみると、これまた何故だか分からないけど私だけ翌日朝一のフライトで帰るチケットを買っていた事が発覚(笑)。一日しかないので「終電まで歩きまくわよ」と張り切って、まずはやっぱりホーエンザルツブルク城を目指すことに。ケーブルカーを使わず民家の脇を通りどんどん斜面を登って行った。高台からはオキナワンの私が滅多に目にすることのない雪をかぶった壮大な山々とこれまた世界遺産の美しい街並み。コンサートに繰り出す地元の人たちが民族衣装に身を包んでるのも乙だったし、ザルツブルクのビールも乙だったし、難攻不落の城壁の中のキュートで田舎っぽい生活感も乙だった。ウィーンの様なポッシュ感はないけど、上品で清楚で優雅で『余裕』を感じさせる落ち着いた街並みを私は随分気に入り、今度はザルツブルク大学(宮殿みたいな建物だった)に留学しようかなと思った。今度は川の向こう側に行きサウンドオブミュージックでマリアのいた修道院やモーツアルトの生家などを見て回わり『ドレミの歌』で有名なミラベル庭園ではちびっ子をナンパして一緒に感動のラストシーンを再現。暗くなってきたのでカフェのテラスに座りビールを飲んだ後スパークリングワインで最後の夜を楽しんだ。夜風が優しく髪を撫でるのでことさら名残惜しい気分になった。ホテルに帰りゆったりバスタブに浸かり旅の疲れを癒しザルツブルクの一日に幕を下ろした。
→→→ロンドン(イギリス)
朝食前に少し散歩をしようと思い立ち一人部屋を出た。小川を辿って歩いていくと住宅地に入った、朝っぱらから知らないエイジアンが家の前をうろついてたら驚くだろうなぁと思ったので『だらだら歩きの不審者』から『爽やかな朝のジョガー』にイメチェンした。同じスペース同じ屋根の高さなのに一つ一つの家の造りが相当違っていて楽しい。もう少し行くと本当のジョギングコースがあったのでスピードアップし山を見ながら随分遠くまで走った。朝食の時間になったので急いで戻るとレストランでは朝練を終えてサッカーの試合に向かうというドイツの中学生集団と一緒になった。ドイツ語が出来ないので挨拶だけして黙々ご飯を食べようと思ったら「何で走ってた?そんなにお腹が空いてるのか?」「コーヒーに砂糖が欲しいか?」「スシと友達か(多分高原のこと)?」「彼氏いる?」「俺とアイツとどっちの髪がいけてる?」と質問攻めにあい、ほとんど言葉が通じてないのに大爆笑しながらブレックファーストを食べた。母校の剣道部を引率して全国大会に行ったりしてた頃を思い出しついついはしゃいでしまった。部屋に戻り、私をこんなにも素晴らしい旅に連れ出してくれた素敵な素敵な仲間達に別れを告げ、一時間遅れのライアンエアに乗りロンドンへ帰ってきた。英語の文字にホッとし、ブリティッシュアクセントの入国審査官と冗談を交わし、荷物受け取り所で大学の友人にバッタリ会い、市内までのコーチに知り合いが乗ってきたりしてなんだかすっかりロンドンが私のホームになってることを実感。曇り空で肌寒いイギリスに戻っただけでこんなに「ただいま」という気分になるのだから7月に日本に、そして沖縄に帰ったらどうなるんだろう?
それにしても良い旅だった。やっぱり私は旅が好きだ、若いうちは『百聞は一見にしかず』をテーマに旅をしようと思っている。高級なものを味わう土台はまだないのでバックパッカーに毛が生えたくらいの格安ツアーでいい。航空券だけ握り締め足が棒になるくらいまで歩いて歩いて歩きまくろう。世界には色んな人がいて、色んな言葉で話し、色んなお酒を飲み、色んなのを食べ、色んな事を考えてる、だけどやっぱ所詮みーんなただの人間なんだというのを感じたい。一度でも足を運んだ国のニュースはもう『外国のニュースだって、ふーん』ではなく『行ったことある国のニュースだ!詳しく見てみよう』になる、同様に外国人の友達を作ると『外国のニュースだって、ふーん』ではなく『友達の国のニュースだ!詳しく見てみよう』になる、そうやって世界と繋がっていくことが私にとっては大事なことだったりする。グローバリゼーションは嫌いだけど、グローバルにものを見れる人間にはなりたいと思う。そんでもって大きくなったらグローバルに思考できるようになった脳で自分の生まれ落ちた小さな島のことを分析したり少しでも貢献できるように知恵を絞ったり出来る様な人になりたい。大きくなったらね、今はまだ修行中。
私の旅はまだまだ続く☆
Posted by shinakosan at 07:24│Comments(2)
この記事へのコメント
いいはずよ、shinakosan---涎をたらしつつ、目も楽しみ、耳もそばだてて読みました。いいはずよ・・で、沖縄時間で夜8時13分、こちら泡盛タイムだぁ!!
Posted by okinawa_maxi at 2007年05月31日 20:15
>okinawa_maxさん
いいでしょー。せっかくだからって色々足を伸ばしています。それで今は焦って「勉強しないと!!」モードです。泡盛飲みたーい。
いいでしょー。せっかくだからって色々足を伸ばしています。それで今は焦って「勉強しないと!!」モードです。泡盛飲みたーい。
Posted by shinakosan at 2007年06月01日 16:25